気がついたら天才心臓外科医と婚約していました
「こんな桜が舞い散る春の日だったな。」
広大さんがぽつりとつぶやく。
「広大さん。なんの話ですか?」
分かっているくせに、私はそうとぼける。
「都・・・とうとうボケてしまったのか?」
「ボケてません。」
「いいや。君はボケてしまった。俺達にとってあんなに大事な思い出を忘れてしまうなんて。」
「松也が中学校の卒業式で答辞を読んで、広大さんが大泣きした時のことですか?」
「違う。」
「新之介が高校の卒業式で、ファンの女子生徒達に身ぐるみ剥がされた時のことですか?」
「違う。」
「勘太郎が家族で花見に行った時に、お酒を飲み過ぎて阿波踊りをした時のことですか?」
「違う。」
「仁左衛門が結婚式の演出で、桜吹雪を舞い散らして、見栄を切った時のことですか?」
「違う。もういい。」
広大さんは拗ねて、私に背中を向けた。
私はその背中にそっと手を置いた。
「広大さんの心が春の嵐のように激しくなって、衝動が抑えきれなくなって、私の唇が欲しくて欲しくてたまらなくなった時のことですか?」
「君はまだボケていないようだ。安心した。」
前を向いたままそう言う広大さんの耳が、真っ赤に染まった。