恋愛百景
第4話「継承の揺らぎ」
その日は、たまたま早く帰宅しただけだった。
特に理由はない。ただ、いつもより少し早い時間に玄関の鍵を開けた。
中から声が聞こえた。
父と、あの女性の声だった。
台所の方へ行く途中で、足が止まる。
そこにあったのは、いつもの食卓とは少し違う空気だった。
父が、女性の手をそっと取っていた。
ほんの一瞬の動きだったのに、それだけで十分だった。
言葉は聞こえなかった。
でも、見てはいけないものを見た気がした。
体の中が急に冷たくなる。
怒りなのか、悲しさなのか、自分でも分からないまま、呼吸だけが浅くなる。
母のことが頭に浮かんだ。
もういない人の顔。笑っていた気がする顔。最後に見た日の記憶。
その隣で、今の光景が重なった。
違うはずなのに、同じ場所で、別の時間が割り込んでくる。
僕は音を立てないように自分の部屋へ戻った。
ドアを閉めた瞬間、やっと息ができる。
しばらくしてから、父がノックをした。
「ご飯、できてるぞ」といつも通りの声だった。
何も知らないふりをしているのか、気づいていないのか、それとも気づいていても言えないのか。
どれでもいいのに、どれも違う気がした。
その夜、布団の中で天井を見つめる。
家族が増えたはずなのに、僕の中の家族は少しずつ減っている気がした。
その日は、たまたま早く帰宅しただけだった。
特に理由はない。ただ、いつもより少し早い時間に玄関の鍵を開けた。
中から声が聞こえた。
父と、あの女性の声だった。
台所の方へ行く途中で、足が止まる。
そこにあったのは、いつもの食卓とは少し違う空気だった。
父が、女性の手をそっと取っていた。
ほんの一瞬の動きだったのに、それだけで十分だった。
言葉は聞こえなかった。
でも、見てはいけないものを見た気がした。
体の中が急に冷たくなる。
怒りなのか、悲しさなのか、自分でも分からないまま、呼吸だけが浅くなる。
母のことが頭に浮かんだ。
もういない人の顔。笑っていた気がする顔。最後に見た日の記憶。
その隣で、今の光景が重なった。
違うはずなのに、同じ場所で、別の時間が割り込んでくる。
僕は音を立てないように自分の部屋へ戻った。
ドアを閉めた瞬間、やっと息ができる。
しばらくしてから、父がノックをした。
「ご飯、できてるぞ」といつも通りの声だった。
何も知らないふりをしているのか、気づいていないのか、それとも気づいていても言えないのか。
どれでもいいのに、どれも違う気がした。
その夜、布団の中で天井を見つめる。
家族が増えたはずなのに、僕の中の家族は少しずつ減っている気がした。