恋愛百景
エピローグ「継承の余白」
あれから、季節がひとつ過ぎた。
家の朝は、もうあの頃の静けさとは違っている。
味噌汁の匂いも、洗濯物の並び方も、少しずつ“新しい順番”に変わっていった。
父は前より少しだけよく話すようになった。
それが女性の影響なのか、時間が経っただけなのかは分からない。
あの女性は、今も家にいる。
ただ「新しい人」という感じは、もうあまりしない。
それでも母ではないことだけは、はっきりしている。
母の写真は、まだ棚の上にある。
埃を払うのは、父でも女性でもなく、いつの間にか僕の役目になっていた。
ある日、夕方。
台所から笑い声が聞こえた。
その声を聞きながら、僕はふと思う。
母がいなくなったあの日から、この家はずっと何かを失ってきたと思っていた。
でも違ったのかもしれない。
失ったまま止まるのではなく、形を変えて続いていくものだったのかもしれない。
僕は窓の外を見る。
空は少しだけ赤くて、いつもよりゆっくり沈んでいく。
台所の方では、父が何かを話している。
それに小さく笑う声が重なる。
僕はそこに入っていかない。
でも、もう遠くにも感じない。
ただ静かに、自分の部屋へ戻る途中で思う。
この家に“戻る場所”があることだけは、きっと変わっていない。
あれから、季節がひとつ過ぎた。
家の朝は、もうあの頃の静けさとは違っている。
味噌汁の匂いも、洗濯物の並び方も、少しずつ“新しい順番”に変わっていった。
父は前より少しだけよく話すようになった。
それが女性の影響なのか、時間が経っただけなのかは分からない。
あの女性は、今も家にいる。
ただ「新しい人」という感じは、もうあまりしない。
それでも母ではないことだけは、はっきりしている。
母の写真は、まだ棚の上にある。
埃を払うのは、父でも女性でもなく、いつの間にか僕の役目になっていた。
ある日、夕方。
台所から笑い声が聞こえた。
その声を聞きながら、僕はふと思う。
母がいなくなったあの日から、この家はずっと何かを失ってきたと思っていた。
でも違ったのかもしれない。
失ったまま止まるのではなく、形を変えて続いていくものだったのかもしれない。
僕は窓の外を見る。
空は少しだけ赤くて、いつもよりゆっくり沈んでいく。
台所の方では、父が何かを話している。
それに小さく笑う声が重なる。
僕はそこに入っていかない。
でも、もう遠くにも感じない。
ただ静かに、自分の部屋へ戻る途中で思う。
この家に“戻る場所”があることだけは、きっと変わっていない。