恋の雨が降るとき 〜クールな外科医は甘く囁く~
タクシーを降り立ち、玄関の引き戸を閉めた。
だが、幸子はしばらくその場に立ち尽くしていた。

外の気配はもう遠く、家の中にはいつもの静けさが戻っている。
それなのに、幸子は、胸の奥がざわつき、落ち着きを失くしていた。

「……無理しなくていい」

隣で、松澤の低い声が静かに落ち、大きな手が幸子の肩を支える。

「……うん」

小さく頷く。

「……さっちゃん」

奥から、祖母の声がする。
振り返ると、居間の明かりの中で、祖母がこちらを見ていた。

「どうしたの。顔、真っ青よ」

「……うん」

短く答えるのが精一杯だった。

「ちょっと、こっちにいらっしゃい」

祖母は、急かさない声でそう言った。
その言葉に、幸子は一瞬だけためらう。

視線が、隣に向く。

松澤は何も言わず、ただ静かに立っていた。
急かすことも、踏み込むこともない。
けれど、ここにいるという意思だけは、はっきりと伝わってくる。
幸子は大きく息を吸った。

「……おばあちゃん、相談したいことがあるの。先生も、一緒に聞いてもらっていい?」

その声は、ほんの少しだけ震えていた。

祖母は一瞬だけ目を細める。

そして、松澤の方へ視線を向けた。
やがて、ゆっくりと頷く。

「ええ、もちろんよ。あがってちょうだい」

祖母がそう言って、道をあける。
そのときだった。

「……失礼いたします」

松澤が一歩前に出て、静かに頭を下げた。
控えめで、けれど丁寧な所作だった。

祖母はその様子を一瞬見つめ、ふっと、やわらかく目を細める。

「いいのよ。どうぞ」

その声には、先ほどよりも柔らかかった。

三人で、居間へ入る。
座布団に腰を下ろしたとき、ようやく足の力が抜けた気がした。
隣に、松澤の気配がある。

それだけで、どうにか崩れずにいられた。


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