捨てたものに用なんかないでしょう?

10  イライラしましたけど

 フラワがイランデス伯爵邸に戻った日の夜、リミアリアのもとには、アドルファスが訪ねてきていた。

「急に悪いな」
「とんでもないことです。二日前にご連絡いただいていたにもかかわらず、邸に泊まっていただくことができず申し訳ございません」
「一応、俺は王子だから、警備の厳しい所にしか泊まれない。宿はとってあるから気にすんな」

 リミアリアの家にも兵士はいるが、高級宿のほうがセキュリティはしっかりしている。
 アドルファスに何かあっても良くないため、リミアリアは素直にうなずいた。
 新調したソファがある応接室に案内し、リミアリア自身がお茶を淹れていると、アドルファスは目を丸くする。

「自分でお茶を淹れられるのか?」
「はい。今さら隠すこともないかなと思いますので話しますが、昔から継母には使用人よりも酷い扱いを受けていたのです。シーンによって茶葉を選んだり、お茶を美味しく淹れる自信はありますよ」

 リミアリアは笑顔でアドルファスの前に紅茶を淹れたカップを置いた。

「別に味の心配をしてるわけじゃない」

 アドルファスは苦笑すると、リミアリアの口元を見つめる。

「傷が目立たなくなったな」
「……はい。一日目は物を食べると痛くて、エマオ様に対してイライラしましたけど」

 エマオに殴られたのだとアドルファスに伝えた時、同じ目に遭わせると怒ってくれた彼の姿を思い出して続ける。

「傷の痛みも和らぎましたし、アドルファス様が怒ってくださったので大丈夫です」
「良くはないけど、良かったことにしておく」

 アドルファスは大きなため息を吐き、紅茶を一口飲んだ。
 彼が普段飲んでいる渋めのものとは違い、爽やかな風味だった。
 花の甘い香りが鼻(び)腔(こう)をくすぐり、アドルファスは頬を緩ませる。

「この匂いって……」
「アドルファス様が学生時代に好きだと言っていた花で香り付けしてみたんです。色々とお世話になっていましたので、何かできないかと考えて用意していたんです」
「ありがとう」

 アドルファスは優しい笑みを浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。

「明日はリミアリアの件で行くつもりだったんだが、事情が変わってな」
「何かあったのですか?」
「あったも何も酷いもんだ。エマオだが、彼の部下だった者に聞き取りを行った結果、戦場では聞けなかった話が次々と出てきた」
「どのようなことでしょうか」

 リミアリアが尋ねると、アドルファスは傍(かたわ)らに置いていた革の鞄から書類の束を取り出し、テーブルの上に置いた。

「これが本当なら、エマオは伯爵の器ではないと父上は判断している」
「私が拝見してもいいのでしょうか」
「かまわない。元々はリミアリアの評判が悪くならないように集めたものだからな」
「そんなことまでしてくださったのですね! 本当にありがとうございます!」
「俺のためにしたんだから、お礼はいい」

 リミアリアが書類を抱きしめてお礼を言うと、アドルファスは照れくさそうに視線を逸らした。
 そんな彼の様子には気づかず、リミアリアは書類を手に取る。
 エマオ・イランデスについての調査結果というタイトルの報告書には、エマオの悪行がつらつらと書いてあった。
 部下の恋人を戦地に呼び寄せるように命令し、性処理をさせようとしたこと。
 多くの部下が拒否したため、問題になることを恐れたエマオは、このことを口止めし、高級娼館通いを始めたこと。
 エマオの命令に背いた人物の数人かが、戦場の混乱に紛れてエマオに殺されたり、戦場以外での不審死が続いたりしていることなどが書かれていた。

「ここに書かれている内容が本当なら、人として許されることではありません」
「戦場では敵味方が入り乱れる。俺だって絶対に敵と味方を間違えないとは言えない。だが、こいつの場合は怪しすぎる」
「そんな男性の所に行くのは危険ではないですか?」

 王子がそんな危険な男のもとに行かなくてもいいのではないか。
 アドルファスのことを心配したリミアリアはそう考えたが、彼は首を横に振る。

「万が一ということがあるから、俺が行ったほうがいいんだ。あいつに勝てる奴は少ないしな。それに、機会があれば個人的にぶん殴ってやりたい」

 報告書の内容が事実ならエマオが兵士たちにやったことは、殴るだけではすまされず、処刑は免れないことは目に見えている。
 だから、アドルファスがエマオを殴りたい理由は別にあった。

「アドルファス様も彼に何かされたんですか?」

 殴りたいと思う理由に見当がつかず、不思議そうな顔でリミアリアは尋ねた。
 リミアリアが殴られた借りを返したいだけだと、恥ずかしくて口に出せない彼は「色々あった」と曖(あい)昧(まい)に答えたのだった。
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