捨てたものに用なんかないでしょう?

19  お引き取り願えますか

「な、何を言っているんですか?」

 フラワは驚いた顔をしてエマオを見つめた。そして、彼が自分に罪をなすりつけようとしていることに気づくと、近くにいたメイドに叫ぶ。

「扇をちょうだい!」

 少し離れた位置で事の成り行きを見守っていたメイドのひとりがフラワのもとに駆け寄り、花の絵が描かれた扇を手渡した。
 フラワはエマオにつかまれていない手で扇を受け取ると、扇でエマオの頬を叩いた。

「何をする⁉」
「あなたが馬鹿なことを言うからではないですか!」
「馬鹿なことだと?」
「そうです! 浮気を私のせいにするなんて許せません! 私は誘惑なんてしていないんですから!」
「ふざけるな! 俺のことが好きで、本当は俺と結婚したかったのに、リミアリアに奪われたと言っていたじゃないか! それだけでなく、リミアリアが浮気していたと嘘をついただろう⁉」

(くだらない言い合いが始まってしまった)

 リミアリアは呆れ果ててふたりを一瞥した後、アドルファスに話しかける。

「もう強制的に追い出してもいいでしょうか。いくら貴族であっても、平民の家に居座ることはやっていいことではありません」
「それはそうなんだが、その前にイランデス伯爵にやらなければならないことがある」
「進展があったのですか?」

 エマオがやった悪事について、証言は多く取れるものの、物的証拠が見つからなかった。
 命を奪われてしまった多くの兵士たち。
 その家族や恋人、友人たちのためにも、エマオには罰を受けさせなければならない。
 そう考えていたリミアリアは、アドルファスの言った『やらなければならないこと』を、エマオの悪事について裁(さば)くということだと勘違いした。

「悪いけど、そっちの話じゃない。でも、もうすぐ証拠が揃いそうだから、もう少しだけ待ってくれ」
「承知いたしました」

 ふたりが会話を続けている間も、フラワとエマオのくだらない言い争いは続いていた。

「あなたみたいな暴力男と一緒にいるのは御免だわ!」
「俺だって嘘つき女と一緒にいるのは御免だ! 帰る前に俺の無実を証明しろ!」

 フラワはヒステリックに叫び、エマオは必死に訴えた。そんなふたりにリミアリアは話しかける。

「喧嘩をするだけなら、ここである必要はありません。エマオ様にはまだ用事がありますので、フラワ様だけお引き取り願えますか」
「どうして私だけ……って、まあいいわ」
 アドルファスと話をしたいフラワだったが、機会はまだある。今回は大人しく引き下がることにした。
「わかったわ。邪魔をしちゃいけないし、今日のところは帰ることにするわね。じゃあね、リミアリア、今日はあなたの顔が見られて本当に良かった」
「待て! 話は終わっていないぞ!」

 フラワの腕をつかみ続けるエマオに、アドルファスは指示をする。

「おい。俺はお前に話があるんだ。フラワ嬢は邪魔だから帰らせろ」
「……承知いたしました」

 渋々といった様子で、エマオはフラワの腕を離した。

「では、ごきげんよう。エマオ様、またどこかで会いましょう」

 フラワはエマオにそう言った後、アドルファスには笑顔で話しかける。

「アドルファス殿下、お手紙を書きますので、ぜひ読んでくださいませ」
「送ってこなくていい」

 アドルファスは拒否したが、フラワは聞こえないふりをした。

「え? 何ですか? 何かおっしゃいましたか? ああ、大変。もう帰らなくては! では、失礼いたします!」

 わざとらしい演技をして去っていくフラワと、彼女のメイドたちがいなくなると、エントランスホールが一気に静かになった。

(フラワ様のターゲットがアドルファス様になってしまったみたい。あとで巻き込んだことをお詫びしないといけないわ)

 リミアリアはため息をつき、目の前に立っているエマオに目を向ける。

(その前に、この人を片付けなくちゃ)

 エマオの汗は止まっていたが、白いシャツは汗で濡れ、引き締まった身体に張り付いていた。顔は真っ青で、全身が小刻みに震えている。

「アドルファス様、応接室でお話をされますか?」

 自分が相手をするだけなら立ち話でもいいが、アドルファスが話をするのなら、そうもいかない。
 リミアリアが問いかけると、アドルファスは首を横に振る。

「ここでいい」

 アドルファスがリミアリアからエマオに視線を移した瞬間、エマオはその場で膝をついた。

「アドルファス殿下! お許しください! リミアリアに近づくなというあなた様からの忠告を無視したわけではないのです! 全部、フラワが悪いのです! どうか……、どうか命だけは助けてください!」

 忠告を聞かなかっただけで命を奪うほど、アドルファスも鬼ではない。
 エマオはそんな冷静な判断もできないほどに焦っていた。

「人の命を簡単に奪っておいて、自分だけ助かろうとするんですか!?」

 命乞いを始めたエマオを見て、どうしても黙っていられず、リミアリアが叫んだ。
 すると、エマオは目を潤ませながら、リミアリアに手を合わせた。

「何度でも謝る。だから、お願いだ。助けてくれ」
「お断りします」

 リミアリアの返答に迷いはなかった。

「そ、そんな冷たいことを言わないでくれ! リミアリア、お前は俺の妻だったんだ。元夫を一度くらい助けてくれてもいいんじゃないか?」

 エマオはリミアリアの情に訴えることにしたが無駄だった。

(助ける気には全くならないんだけど、正直に話したら、アドルファス様に冷たい女だと思われるかしら)

 彼女とエマオは、結婚する日に顔を合わせただけで、会話などほとんどしていない。
 リミアリアを拒絶し、浮気をしたのはエマオだ。
 リミアリアは自分に彼への情がなくても仕方がないと思った。
 初顔合わせの日、リミアリアがエマオにこれからのことを話したいと言うと『お前は跡継ぎに必要な道具だ。余計なことをしようとするな』と言われた。この話を聞いていた使用人の一部からは馬鹿にされていた時期もあった。
 手紙を書いても一切返事はない。忙しいのだから仕方がない。そう思っていた時に、アドルファスから夫婦仲がうまくいっているかどうか、確認の連絡がきた。エマオが姉と浮気をしていると知った、その時の苦しみや悲しみは自分ひとりで背負ったものだ。情をかけるか否かは自分の意思で決めたい。
 リミアリアはそう考え、エマオからの問いかけに答える。

「出征していたことは、立派なことだと思っていますが、あなたに夫として何かしてもらった覚えはありません」
「邸に住まわせていただろう?」
「妻なのに住まわせていた、なのですか?」
「あ、いや、その」

 リミアリアに聞き返され、エマオは自分が口を開けば、余計なことを話してしまうことに気がついた。
 エマオが黙り込んだため、エントランスホールがまた静かになった。
 しばらくの沈黙の後、リミアリアはアドルファスに問いかける。

「アドルファス様、あとをお任せしてもいいでしょうか」
「ああ。処理しておく」

(処理?)

 言葉にひっかかったものの、アドルファスの笑みを見て何も言わずに一礼した。
< 20 / 25 >

この作品をシェア

pagetop