捨てたものに用なんかないでしょう?

30  救いようがないわ

 フラワとエマオのやり取りは、本人たち以外には、ただ呆れるだけの内容だった。

(ふたり共、やっぱり自分のことしか考えていないのね)

 期待していたわけではなかったが。だが、どこかがっかりした思いがリミアリアの胸の中で広がった。
 自分が嫌がるようなことをしてはいけない。
 リミアリアは亡き母からそう教えられた。
 それは母との数少ない思い出のひとつでもある。
 その言葉を忘れず生きてきた彼女だったが、成長するにつれ、それが難しいことだと知る。
 自分ならば間違っていることを指摘されたら素直に受け止められる。
 考え方の違いに何も言うつもりはない。ただ、ルールやマナーを守らない人には声をかける時もあった。
 だが、自分が正しいのだと聞き入れてもらえず、その時になって、注意や指摘をされることを嫌がる人もいると知った。
 エマオとフラワもまさにそれであり、特に酷いタイプである。

「救いようがないわ」

 リミアリアが呟くと、隣に立っていたアドルファスが反応する。

「救うつもりだったのか?」
「改心していれば、フラワ様の場合は少しくらいなら考えたかもしれませんけど、このふたりには改心なんて無理ですね」

 リミアリアたちは顔を見合わせて苦笑したが、ナンサンは怒りに満ちた表情で、面会室の木の扉を睨みつけていた。
 フラワが声を落としたのか、一時の間、声は聞こえなくなったが、すぐにエマオの怒鳴り声が聞こえてくる。

「ふざけるな! そんなことを言ってまた俺を騙すつもりだろう!」
「違います! 落ち着いて話を聞いてください!」
「落ち着いて話を聞けだと? どうして俺がこんな目に遭っていると思うんだ? お前の話を聞いたからこうなったんだ!」
「リミアリアのことは私が勘違いしていた部分もあったのだと認めます! ですが、浮気をしたのはあなたじゃないですか! 大体、あなたは私と婚約していたんですよ? 簡単に婚約者を入れ替えるなんてありえないことです!」
「お前の家が変更を望んできたんだろうがっ!」
「あなたが断れば良かっただけじゃないですか!」

 エマオはフラワにすぐには言い返さなかった。言い返す言葉が見つからなかったのかと思ったが、実際は違った。
 部屋の外にいるリミアリアたちには見えないが、エマオは声を殺して笑っていた。

「どうして笑っているんですか」
「俺が婚約者の変更を許した理由を教えてやろうか?」
「……なんだと言うんですか」

 エマオが婚約者の変更をすんなり認めたことには、リミアリアも当時は驚いたものだった。だが、大して意味はないと思っていた。
 エマオは社交界では評判が良くない。だから、彼の元に嫁ぎたいと希望する若い女性はいなかった。
 フラワについては、貴族の若い男性に人気はあったが、彼らの親がフラワを認めなかったせいで、婚約者がなかなか見つからず、エマオに決まったのだ。

(私とエマオ様を結婚させたのも、実父たちは最初からフラワ様に奪わせるつもりだったのでしょう。その後、私が路頭に迷う姿を見たかったという感じかしら。残念ながら、将来的にそうなるのはフラワ様ですけどね)

 リミアリアがそう考えた時、エマオが口を開いた。

「お前が愛人の子だからだよ! 愛人になるような女の子供なんて人としての価値が落ちるだろう?」
「……何ですって?」

(別に人としての価値が落ちるとは思えないし、大体あなた、最終的にフラワ様を選んだわよね?)

 リミアリアがため息を吐くと同時に、フラワの怒声が聞こえてきた。

「ふざけんじゃないわよ! 愛人の子ですって? 強いて言うなら愛人の子はリミアリアよ!」

 愛人の子。

 フラワにとって言われたくない言葉が出たことで、彼女の感情は爆発した。

◇◆◇◆◇◆

 愛人の子だと言われた瞬間、フラワの心にエマオへの憎しみの感情が芽生えた。エマオは自分を睨みつけているフラワを鼻で笑う。

「リミアリアが愛人の子だと? 違うだろう。彼女は本妻の娘だ」
「それは表向きの話でしょう。お父様が愛していたのは、私のお母様なの! リミアリアの母親じゃない!」

 敬語を使うことも忘れ、フラワは怒りで目を吊り上げながら続ける。

「あの子がいたから、私が愛人の子と言われなければならないのよ!」
「何を言っている? リミアリアがいなくともお前は愛人の子だ」
「表向きはそう言われているけれど、私の父はシウナ子爵よ!」
「何だって?」

 エマオに聞き返された時、両親から口止めされていたことを思い出し、フラワは慌てて口を押えたが、もう遅かった。

「シウナ子爵は愛人に子供を生ませていたのか」

 しらばっくれても意味がないと思い、フラワは正直にうなずく。

「……そうよ。だから、私はれっきとしたシウナ子爵の娘なの! 愛人の子じゃない!」
「お前は馬鹿なのか?」
「……は?」

 エマオは眉根を寄せたフラワを見て、嘲(ちょう)笑(しょう)しながら話す。

「わからないのか? 正妻の子供じゃなければ愛人の子であることに変わりはないんだよ!」
「で、でも、お父様が愛し合っていたのは私のお母様なのよ? リミアリアの母親は愛されていなかった! 彼女が愛人の子のようなものでしょう!」
「……まさか、リミアリアの母親が毒殺された件に、お前の母親が関わっているんじゃないだろうな?」

 フラワの様子から、エマオはきな臭さを感じ、かまをかけてみた。すると、興奮しているフラワはまんまと罠にかかった。

「ふたりの愛の邪魔をしたんだから、リミアリアの母親は殺されて当然の存在よ! だから、お父様とお母様が罰を下したの!」

(そうよ。リミアリアの母親がいなければ、私は愛人の娘なんて言われなかったのよ!)

 エマオはニヤニヤしながらフラワに尋ねる。

「ああ、はいはい。わかったよ。で、正妻の子さんよ。間違っていた詫びとして話を聞いてやる。今日は一体何をしに来たんだ?」

「……ナンサン様から私とあなたの関係を聞かれると思うんですけど、元義姉と元義弟の関係でしかないと伝えてほしいんです」

 今さらではあるが、か弱い女性のふりをしてお願いした時だった。

「やっぱり、騙していたんだな!」

 ナンサンは部屋に入ってくると、一直線にフラワのもとにやって来た。そして、驚いて立ち上がったフラワの首を絞める。

「お前のせいで俺は父上に本当に見捨てられるところだった!」
「……う……うっ、は……な、して……っ」 

(今日は厄日だわ! どうしてこんなことになるの!?)

 フラワが力を振り絞って、ナンサンの目に向かって指を伸ばした時だった。

「ナンサン様、その方に騙されていた件については、アドルファス様のほうから公爵閣下に話をしてもらいますので、どうか気持ちを鎮めてくださいませ」

 フラワにとって、今一番聞きたくない声が聞こえた。

(……最悪だわ)

 ナンサンが自分の首から手を離したというのに、フラワの胸の中には絶望感が広がった。
 倒れ込むように椅子に座ったフラワに、声の主が話しかける。

「フラワ様、ぜひとも私の母についてのお話を聞かせていただきたいので、お時間をいただけますでしょうか」

 声の主――リミアリアは笑みを浮かべていたが、その笑みは、冷気を感じさせるような冷ややかなものだった。
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