捨てたものに用なんかないでしょう?

32  あなたは助けましたか?

 エマオは、リミアリアとフラワのやり取りを黙って楽し気に見つめていた。
 自分を陥れたフラワが頭を抱えて泣き出した時には、ざまぁみろという気持ちがあふれ、とうとう笑いがこらえきれなくなった。

「何がおかしいんだ?」

 ぞくりと悪寒が走り、エマオは笑みを消して、自分に質問を投げかけてきた声の主を見つめる。

「アドルファス殿下、お、俺は、その、リミアリアを笑っていたわけではありません」
「リミアリアはもうお前の妻じゃない。俺の婚約者だ。気軽に名前を呼ぶな」
「申し訳ございません!」

 エマオはアドルファスに対して強気に出ることができない自分が情けなくなった。

(フラワがいなかったら、アドルファス殿下は俺にこんな態度を取らなかっただろう。くそっ! この恨みをどう晴らすべきか)

 顔を俯けて考えていると、フラワが職員に引きずられるようにして連れていかれた。

「アドルファス様、すぐに戻ってきますので、その間、元伯爵と話をしておいていただけますか」
「わかった」

(元伯爵? 誰のことだ?)

 気にはなったが、今はアドルファスの機嫌をとることにした。

「アドルファス様、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう」
「私が別れたことで、アドルファス殿下はリミアリア様と婚約できたわけですが」
「は?」

 どうにかしてアピールしたかったが、この話題は駄目らしい。
 そう思ったエマオは話題を変える。

「元伯爵と話をするようですが、元伯爵というのは一体、誰のことなのでしょうか」

 不機嫌そうにしていたアドルファスが、驚いた顔でエマオを見つめた。

「……本気で言ってるのか?」
「もちろんです」

 アドルファスは大きなため息を吐いて尋ねる。

「この部屋には俺と職員、そしてお前しかいない。あとは考えればわかるだろ」
「……へ?」

 エマオは間抜けな顔をして、アドルファスに聞き返した。

******

 リミアリアは呆然としているフラワを職員に任せたあと、アドルファスたちの場所へ戻った。
 面会室に入ろうとすると、中からエマオの情けない声が聞こえてきた。

「どうして爵位を剥奪されなければならないのですか!? 私は国に尽くしてきたのに、こんな仕打ちはあんまりです!」
「部下殺しの件がなければ、お前は英雄になれたかもしれない。だが、道を間違えたんだ」

 アドルファスが答えると、すぐさまエマオは訴える。

「だ、誰だって道を間違えることはあるでしょう? どうか、恩(おん)赦(しゃ)をお願いいたします!」
「選ばなくていい道を選んだのはお前だ。恩赦なんてありえない」

 中に入るタイミングがつかめず、リミアリアが部屋の前で立ち止まっていると、エマオの自分勝手な叫びが聞こえてきた。

「私は部下にお願いをしただけです! 自分の恋人や家族を差し出せばいいと言っただけです!」
「部下にそんなお願いをするほうが間違ってるんだよ」
「お願いです! 助けてください! このままでは私は処刑される可能性があります! 戦争が起こった時に私がいなければ痛手になるはずです!」

 誰しも死を恐れるものだが、エマオの場合は人一倍、生きることに執着しているような気がした。

「あのな、部下を殺すような人間を戦地に送れるわけがないだろ」
「どうしてですか!?」
「お前が裏切って上層部を殺しにかかる可能性がある」
「そ……それは、そんなことはしません!」
「お前の言葉なんて信じられるわけがないだろ」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ! 俺は生きていたいんだ!」

 エマオの泣きわめく声が聞こえた時、部屋の中から扉が開いた。扉を開けたのはアドルファスだった。

「戻ってたのか」
「申し訳ございません。話の腰を折ってはいけないと思って、入るタイミングを見(み)計(はか)らっていました」
「気にしなくていい。とにかく入れよ。……俺の部屋じゃないけど」
「失礼します」

 職員に軽く一礼して、部屋に足を踏み入れると、エマオが立ち上がった。

「リミアリア! いえ、リミアリア様! 助けてください! 死にたくないんです!」

 目を潤ませ、リミアリアを見つめるエマオに、彼女は静かに問いかけた。

「助けてくれと部下に頼まれた時、あなたは助けましたか?」
「……え?」
「今のあなたのように命(いのち)乞(ご)いをしてきた人を、あなたは助けたかと聞いているんです」

 リミアリアの問いかけは、エマオにとって耳が痛く、そして、自分の希望が絶たれるものだった。

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