処方箋にはかけない年の差愛
階段の下で涼子と別れた愛斗は、どこか浮ついた心のまま自室のベッドに横たわっていた。スマホの画面をぼんやりと眺めていたが、その静寂はすぐに打ち破られた。
「……またか」
同室の屋二郎が、執拗にナースコールを連打している。
その無機質な電子音に応じるようにドアが開き、現れたのは先ほど別れたばかりの涼子だった。
「どうしましたか?」
涼子が容体を確認しようと歩み寄った、その瞬間だった。屋二郎が目の前のオーバーベッドテーブルを、拒絶するように彼女の方へと強く突き飛ばした。
「あ……っ!」
不意を突かれた涼子は、膝に当たった机の勢いに押され、そのまま床に尻もちをついた。
「大丈夫ですか、涼子さん!」
愛斗は反射的にベッドから飛び起き、彼女のもとへ駆け寄った。
顔をしかめ、自身の足に手をやる涼子が痛ましげに呟く。
「……うん。でも、少し足を捻っちゃったみたい。
誰か、呼んできてくれる?」
その言葉を聞くより早く、愛斗は彼女の細い体を迷わず抱き上げた。
「ナースステーションまで連れて行きます」
「えっ……ありがとう、愛斗くん」
腕の中で小さくなる涼子を「お姫様抱っこ」の状態で抱え、愛斗は一心不乱に廊下を急いだ。
ナースステーションには、看護師の辺山歩と、看護婦長の美山康子の姿があった。
愛斗は事の経緯を説明し、涼子をそっと椅子に座らせた。
「ありがとう、助かったわ」
涼子の安堵した笑顔に、愛斗は「どういたしまして」と短く返した。本当はずっと傍にいたかったが、気恥ずかしさと責任感から、名残惜しさを振り切って自室へと戻った。
部屋に戻ると、愛斗はノートを広げ、屋二郎の前に立った。
ペンを走らせる手には、隠しきれない怒りがこもっていた。
『涼子さんが骨折したり、お腹を痛めたりしたらどうするんだよ。危ないだろ。好きなら、あんなことしちゃダメだ』
書きなぐった文字を突きつけ、愛斗は屋二郎を厳しく諭した。
翌朝。
病室のドアが開き、涼子が姿を見せた。愛斗は真っ先に彼女のもとへ歩み寄った。
「涼子さん、怪我の具合はどうですか?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、愛斗くん」
涼子は柔らかく微笑み、愛斗の安堵を誘った。
「どういたしまして。怪我がなくて本当によかったです」
それから、いつものように血圧と体温を測る時間が流れた。
愛斗との短い会話を終えた後、涼子は屋二郎のベッドへと向かった。昨日の今日で緊張が走るが、屋二郎は神妙な面持ちで涼子を見上げた。
「昨日は……ごめんね」
屋二郎の口から出た謝罪を、涼子は優しく受け入れた。
検温を終えると、彼女は一仕事終えた様子で部屋を後にした。
その日の休憩中。
涼子は屋上へ上がり、同僚の歩と並んで風に当たっていた。
「涼子さん、怪が大したことなくて良かったですね」
歩が労うと、涼子は少し困ったように眉を下げた。
「ありがとう。屋二郎さん、前は私が来れば落ち着いてくれたんだけど、最近は暴れることが増えちゃって……」
「そうなんですね」
「うん。でも昨日は、愛斗くんがおんぶして運んでくれたから、本当に助かったな」
涼子の口から自然とこぼれた愛斗への感謝。
彼女は少しだけ誇らしげに愛斗の話をすると、晴れやかな表情で屋上を後にした。
残りの業務をこなし、帰宅の途につく。
慌ただしくも、どこか心に温度が残る一日が終わり、また新しい朝が巡ってこようとしていた。
「……またか」
同室の屋二郎が、執拗にナースコールを連打している。
その無機質な電子音に応じるようにドアが開き、現れたのは先ほど別れたばかりの涼子だった。
「どうしましたか?」
涼子が容体を確認しようと歩み寄った、その瞬間だった。屋二郎が目の前のオーバーベッドテーブルを、拒絶するように彼女の方へと強く突き飛ばした。
「あ……っ!」
不意を突かれた涼子は、膝に当たった机の勢いに押され、そのまま床に尻もちをついた。
「大丈夫ですか、涼子さん!」
愛斗は反射的にベッドから飛び起き、彼女のもとへ駆け寄った。
顔をしかめ、自身の足に手をやる涼子が痛ましげに呟く。
「……うん。でも、少し足を捻っちゃったみたい。
誰か、呼んできてくれる?」
その言葉を聞くより早く、愛斗は彼女の細い体を迷わず抱き上げた。
「ナースステーションまで連れて行きます」
「えっ……ありがとう、愛斗くん」
腕の中で小さくなる涼子を「お姫様抱っこ」の状態で抱え、愛斗は一心不乱に廊下を急いだ。
ナースステーションには、看護師の辺山歩と、看護婦長の美山康子の姿があった。
愛斗は事の経緯を説明し、涼子をそっと椅子に座らせた。
「ありがとう、助かったわ」
涼子の安堵した笑顔に、愛斗は「どういたしまして」と短く返した。本当はずっと傍にいたかったが、気恥ずかしさと責任感から、名残惜しさを振り切って自室へと戻った。
部屋に戻ると、愛斗はノートを広げ、屋二郎の前に立った。
ペンを走らせる手には、隠しきれない怒りがこもっていた。
『涼子さんが骨折したり、お腹を痛めたりしたらどうするんだよ。危ないだろ。好きなら、あんなことしちゃダメだ』
書きなぐった文字を突きつけ、愛斗は屋二郎を厳しく諭した。
翌朝。
病室のドアが開き、涼子が姿を見せた。愛斗は真っ先に彼女のもとへ歩み寄った。
「涼子さん、怪我の具合はどうですか?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、愛斗くん」
涼子は柔らかく微笑み、愛斗の安堵を誘った。
「どういたしまして。怪我がなくて本当によかったです」
それから、いつものように血圧と体温を測る時間が流れた。
愛斗との短い会話を終えた後、涼子は屋二郎のベッドへと向かった。昨日の今日で緊張が走るが、屋二郎は神妙な面持ちで涼子を見上げた。
「昨日は……ごめんね」
屋二郎の口から出た謝罪を、涼子は優しく受け入れた。
検温を終えると、彼女は一仕事終えた様子で部屋を後にした。
その日の休憩中。
涼子は屋上へ上がり、同僚の歩と並んで風に当たっていた。
「涼子さん、怪が大したことなくて良かったですね」
歩が労うと、涼子は少し困ったように眉を下げた。
「ありがとう。屋二郎さん、前は私が来れば落ち着いてくれたんだけど、最近は暴れることが増えちゃって……」
「そうなんですね」
「うん。でも昨日は、愛斗くんがおんぶして運んでくれたから、本当に助かったな」
涼子の口から自然とこぼれた愛斗への感謝。
彼女は少しだけ誇らしげに愛斗の話をすると、晴れやかな表情で屋上を後にした。
残りの業務をこなし、帰宅の途につく。
慌ただしくも、どこか心に温度が残る一日が終わり、また新しい朝が巡ってこようとしていた。