辞めたい聖女は王子に嫌われることにした
第6話 弱み
爆発音がした後、周辺にいた騎士たちが続々と酒場へ入っていき騒々しくなってきた。
馬車の中にも緊張感が走る。
「みなさん、無事だといいのですが……」
酒場からは賊のような男たちが逃げるように出てくる。
けれどすぐに騎士に取り押さえられ、縛られていた。
そして中から、負傷したのか抱えられた騎士がこちらに向かってくる。
私とヴァイザー様は馬車から出て、広場の木陰へと誘導した。
「腹部をやられています。お願いします」
連れてきた騎士はそれだけ言うと酒場へと戻って行った。
負傷した騎士はかろうじて意識はあるものの、傷が深いのかかなり出血している。
「すぐに治します」
傷口を露出させるために裂けた制服を破こうとしたけれど、思ったより丈夫だったのでボタンを外して開いた。
思っていた以上に深いかも。
私は急いで治癒魔法を施す。
けれど傷が深いからか時間がかかる。
だからといって焦っても魔力が乱れて余計に治癒が遅くなるだけだ。
集中しないと。
数分かけて完全に傷は塞がった。
痕も残っていないけれど、流れ出た血液を作り出すことはできない。
「傷は治りましたが、身体は万全ではないので安静にしていてください」
「ありがとうございます」
ヴァイザー様は私たちを守るように周囲を警戒している。
まだ収束する様子はなさそうだ。
その後も重症を負った騎士が数名運ばれてきた。
魔力の消費は激しかったけれど、なんとか全員治し終えた。
騒がしさが落ち着いた酒場からは、捕らえられた者たちが騎士に連れられ続々と出てきていた。
「あれは、ロイド伯爵……」
賊と一緒にロイド伯爵も捕らえられていた。
連行されている姿は高貴さなと微塵も感じられない。
最近様子がおかしいと思っていたけれど、よくない事に関わっていたんだ。
きっと爵位ははく奪されて、医療所で見ることもなくなるんだろうな。
これ以上怪我人が出ることはないだろうと報告があったので、私とヴァイザー様は馬車で王宮へと戻ることに。
激しい現場だったけれど、私はいつも通り危険な目に合うこともなく役目を終えた。
その日の夜、予想通りレオルド王子に呼ばれた。
今日は珍しくソファーに座っていて、ローテーブルにはお茶が用意されていた。
「お疲れ様。ハーブティーを淹れたんだ。良かったら一緒にどう?」
良かったら、と言うけれど断ってもどうせ食い下がってくる。
私は素直に頷き、向かいに座った。
レオルド王子はポットからお茶を注いで、差し出してくれる。
「ありがとうごさいます」
ハーブの良い香りが落ち着く。
目の前でカップを口につけるレオルド王子はなんとも優雅な雰囲気を滲ませている。
「シエル、体調はどう?」
「私は怪我をすることもありませんでたし大丈夫ですよ」
「ヴァイザーからかなり魔力を使ったと聞いたけど」
「魔力は使いましたが、そのうち戻ります」
そっか、と眉をさげる王子はお疲れの様子だ。
ひと仕事してきたのだから当たり前か。
そういえば、ヴァイザー様が注意深く様子を見てくれと言っていたな。
表情はいつも通りだし、優雅にお茶を飲んでいるし、心配することはなさそうだけど……。
いや、違う。いつもと違う。
レオルド王子は右利きなのにさっきからお茶を注ぐのもカップを持つもの左手だ。
私は立ち上がり、王子のそばへ行くと右腕の袖をまくった。
上腕全体には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
「これ……どうして黙っていたんですか」
「命に関わる怪我ではないから」
「でもまだ血が完全に止まっていませんし、動かすのをためらうくらいひどいということでしょう! 傷口から感染症でも起こしたら命に関わりますよ!」
「シエル落ち着いて。そんなに怒らないでよ」
普段はかすり傷程度で呼び出して治させるのにどうして本当に必要なときに何も言わないの。
ヴァイザー様に言われなかったら気付くことができなかったであろう自分にも腹が立つ。
ちょっと待って。もしかして……。
私はレオルド王子のシャツを掴んで捲り上げた。
露わになった腹部に目を見張る。
「この傷痕、なんですか」
「怪我が治った痕、かな?」
「そういうことを聞いているのではないです」
古いものから最近できたものまである。
こんな怪我、私は知らない。
ほぼ毎日怪我を治していたのに、こんな痕になるような怪我をしているなんて聞いてない。
「言ったでしょ。怪我をした状態でも戦えるように訓練するんだよ」
「納得できません。どうしていつも呼び出して大したことない怪我ばかり治療させているのですか」
レオルド王子は観念したように息を吐くと、私の手をそっと握った。
「僕、眠れないんだよね」
「え……?」
「だけど、シエルの魔力が身体に流れるとよく眠れるんだ」
怪我を治すことが目的じゃないってそういうことだったのか。
じゃあ、あの軽い怪我はわざとつけたってこと?
「女性につけられたというのは嘘だったのですか」
「半分は本当だよ」
なんだ。そこはやっぱりあるんだ。
「でも、どうして言ってくれなかったのですか」
「んー、弱みを見せたくなかったのかも」
「弱みは見せなくてもかまわないので。怪我とか、不眠などの不調は見せてください」
「こういうときって、弱みもみせて欲しいとか言うものじゃないの?」
「ご要望にお応えできずすみません」
レオルド王子はクスクスと笑う。
「シエルのそういうところが安心する」
弱みを見せたくなかったって言ったのは王子なのに。
「とにかく、眠れないならわざと傷をつけたりせずちゃんと言ってください。あと眠れなかったらよ呼ぶではなくて眠れそうになかったらあらかじめ言ってください。夜中に呼び出されると私も寝不足になるので」
「わかった。これからはそうするよ」
今回の「そうする」は本当だろう。
なんとなくだけど。
「では、腕の怪我治してしまいますね」
「いいよ。今日は疲れてるでしょ。ひどいようなら明日以降お願いするから」
これまでも、私の疲れを考えて魔力を多く使う怪我は治すように言わなかったのだろうか。
「疲れているのはレオルド王子もでしょう。その上怪我をしていてさらに眠れないなんて、私がいる意味がありません」
私はレオルド王子の足元に膝を付き、腕の包帯を外した。
ダラダラと出ているわけではないけれど、血が滲んでいて痛そうだ。
そっと手をかざし、魔力を込める。
すると傷はすっと消えていった。
「ありがとう。身体、つらくない?」
「大丈夫ですよ。帰ってきてから休んでいましたし」
「魔力の消費をあまく見てはいけないよ」
「私、別にやる気があるわけではないですけど、稀に授かるこの魔力を出し惜しみしようなんて思ってないですから。自分の役目はわかっているつもりです」
治った腕の袖をそっと下ろした。
そして立ち上がろうとしたけれど、かなわなかった。
ソファーに座ったまま、私の頭を抱えるように抱きしめてくるレオルド王子。
跪いた状態の私はされるがままだった。
「シエル、ずっと聖女のままでいて」
「え、絶対いやです」
「わかってるよ。でも、もう少しこのまま……」
このままというのは今の状態のことなのか、まだ聖女でいてということなのだろうか。
どっちも早く終わって欲しいと思いながらも、この腕の中が温かいと感じてしまうのはきっと私も疲れているからだ。
レオルド王子が今どんな表情をしているかわからないけれど、弱った姿は人間らしくて悪くないと思った。
馬車の中にも緊張感が走る。
「みなさん、無事だといいのですが……」
酒場からは賊のような男たちが逃げるように出てくる。
けれどすぐに騎士に取り押さえられ、縛られていた。
そして中から、負傷したのか抱えられた騎士がこちらに向かってくる。
私とヴァイザー様は馬車から出て、広場の木陰へと誘導した。
「腹部をやられています。お願いします」
連れてきた騎士はそれだけ言うと酒場へと戻って行った。
負傷した騎士はかろうじて意識はあるものの、傷が深いのかかなり出血している。
「すぐに治します」
傷口を露出させるために裂けた制服を破こうとしたけれど、思ったより丈夫だったのでボタンを外して開いた。
思っていた以上に深いかも。
私は急いで治癒魔法を施す。
けれど傷が深いからか時間がかかる。
だからといって焦っても魔力が乱れて余計に治癒が遅くなるだけだ。
集中しないと。
数分かけて完全に傷は塞がった。
痕も残っていないけれど、流れ出た血液を作り出すことはできない。
「傷は治りましたが、身体は万全ではないので安静にしていてください」
「ありがとうございます」
ヴァイザー様は私たちを守るように周囲を警戒している。
まだ収束する様子はなさそうだ。
その後も重症を負った騎士が数名運ばれてきた。
魔力の消費は激しかったけれど、なんとか全員治し終えた。
騒がしさが落ち着いた酒場からは、捕らえられた者たちが騎士に連れられ続々と出てきていた。
「あれは、ロイド伯爵……」
賊と一緒にロイド伯爵も捕らえられていた。
連行されている姿は高貴さなと微塵も感じられない。
最近様子がおかしいと思っていたけれど、よくない事に関わっていたんだ。
きっと爵位ははく奪されて、医療所で見ることもなくなるんだろうな。
これ以上怪我人が出ることはないだろうと報告があったので、私とヴァイザー様は馬車で王宮へと戻ることに。
激しい現場だったけれど、私はいつも通り危険な目に合うこともなく役目を終えた。
その日の夜、予想通りレオルド王子に呼ばれた。
今日は珍しくソファーに座っていて、ローテーブルにはお茶が用意されていた。
「お疲れ様。ハーブティーを淹れたんだ。良かったら一緒にどう?」
良かったら、と言うけれど断ってもどうせ食い下がってくる。
私は素直に頷き、向かいに座った。
レオルド王子はポットからお茶を注いで、差し出してくれる。
「ありがとうごさいます」
ハーブの良い香りが落ち着く。
目の前でカップを口につけるレオルド王子はなんとも優雅な雰囲気を滲ませている。
「シエル、体調はどう?」
「私は怪我をすることもありませんでたし大丈夫ですよ」
「ヴァイザーからかなり魔力を使ったと聞いたけど」
「魔力は使いましたが、そのうち戻ります」
そっか、と眉をさげる王子はお疲れの様子だ。
ひと仕事してきたのだから当たり前か。
そういえば、ヴァイザー様が注意深く様子を見てくれと言っていたな。
表情はいつも通りだし、優雅にお茶を飲んでいるし、心配することはなさそうだけど……。
いや、違う。いつもと違う。
レオルド王子は右利きなのにさっきからお茶を注ぐのもカップを持つもの左手だ。
私は立ち上がり、王子のそばへ行くと右腕の袖をまくった。
上腕全体には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
「これ……どうして黙っていたんですか」
「命に関わる怪我ではないから」
「でもまだ血が完全に止まっていませんし、動かすのをためらうくらいひどいということでしょう! 傷口から感染症でも起こしたら命に関わりますよ!」
「シエル落ち着いて。そんなに怒らないでよ」
普段はかすり傷程度で呼び出して治させるのにどうして本当に必要なときに何も言わないの。
ヴァイザー様に言われなかったら気付くことができなかったであろう自分にも腹が立つ。
ちょっと待って。もしかして……。
私はレオルド王子のシャツを掴んで捲り上げた。
露わになった腹部に目を見張る。
「この傷痕、なんですか」
「怪我が治った痕、かな?」
「そういうことを聞いているのではないです」
古いものから最近できたものまである。
こんな怪我、私は知らない。
ほぼ毎日怪我を治していたのに、こんな痕になるような怪我をしているなんて聞いてない。
「言ったでしょ。怪我をした状態でも戦えるように訓練するんだよ」
「納得できません。どうしていつも呼び出して大したことない怪我ばかり治療させているのですか」
レオルド王子は観念したように息を吐くと、私の手をそっと握った。
「僕、眠れないんだよね」
「え……?」
「だけど、シエルの魔力が身体に流れるとよく眠れるんだ」
怪我を治すことが目的じゃないってそういうことだったのか。
じゃあ、あの軽い怪我はわざとつけたってこと?
「女性につけられたというのは嘘だったのですか」
「半分は本当だよ」
なんだ。そこはやっぱりあるんだ。
「でも、どうして言ってくれなかったのですか」
「んー、弱みを見せたくなかったのかも」
「弱みは見せなくてもかまわないので。怪我とか、不眠などの不調は見せてください」
「こういうときって、弱みもみせて欲しいとか言うものじゃないの?」
「ご要望にお応えできずすみません」
レオルド王子はクスクスと笑う。
「シエルのそういうところが安心する」
弱みを見せたくなかったって言ったのは王子なのに。
「とにかく、眠れないならわざと傷をつけたりせずちゃんと言ってください。あと眠れなかったらよ呼ぶではなくて眠れそうになかったらあらかじめ言ってください。夜中に呼び出されると私も寝不足になるので」
「わかった。これからはそうするよ」
今回の「そうする」は本当だろう。
なんとなくだけど。
「では、腕の怪我治してしまいますね」
「いいよ。今日は疲れてるでしょ。ひどいようなら明日以降お願いするから」
これまでも、私の疲れを考えて魔力を多く使う怪我は治すように言わなかったのだろうか。
「疲れているのはレオルド王子もでしょう。その上怪我をしていてさらに眠れないなんて、私がいる意味がありません」
私はレオルド王子の足元に膝を付き、腕の包帯を外した。
ダラダラと出ているわけではないけれど、血が滲んでいて痛そうだ。
そっと手をかざし、魔力を込める。
すると傷はすっと消えていった。
「ありがとう。身体、つらくない?」
「大丈夫ですよ。帰ってきてから休んでいましたし」
「魔力の消費をあまく見てはいけないよ」
「私、別にやる気があるわけではないですけど、稀に授かるこの魔力を出し惜しみしようなんて思ってないですから。自分の役目はわかっているつもりです」
治った腕の袖をそっと下ろした。
そして立ち上がろうとしたけれど、かなわなかった。
ソファーに座ったまま、私の頭を抱えるように抱きしめてくるレオルド王子。
跪いた状態の私はされるがままだった。
「シエル、ずっと聖女のままでいて」
「え、絶対いやです」
「わかってるよ。でも、もう少しこのまま……」
このままというのは今の状態のことなのか、まだ聖女でいてということなのだろうか。
どっちも早く終わって欲しいと思いながらも、この腕の中が温かいと感じてしまうのはきっと私も疲れているからだ。
レオルド王子が今どんな表情をしているかわからないけれど、弱った姿は人間らしくて悪くないと思った。