異世界に来て10年、伝えられないままの片想い

第16章 残されたもの――選ばなかった未来

「あら? もう帰るの?」

ちょうどお姉さんが、買い物から戻ってきたところだった。

「はい、お邪魔しました」

私がぺこりと頭を下げると、お姉さんは少しだけ目を細めて微笑む。

「少し、お茶飲んでいかないかしら? 可愛げのない弟の世話ばかりじゃ、つまらなくて」

冗談めかした言い方に、思わず小さく笑ってしまう。

「ありがとうございます」

「いえいえ。どうぞ」

そう言って差し出されたのは、お茶の入ったマグカップと、お菓子の乗った皿だった。

――それを見た瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

この家には、私の嫁入り道具の名残が多すぎる。

結婚式の1か月前に振られたせいで、私のために準備された家具や食器が、そのまま残っているのだ。

もちろん、全部バルスのお金で買ってもらったものだから、もう私のものでも何でもない。

ただ――どれも一緒に選んだものばかりで。

そのときの何気ない会話や、少しずつ増えていく物に感じていた幸せまで、一緒に思い出してしまう。

……この現実は、結構しんどい。

つい、遠くを見るように視線が逸れる。

――この食器、買い取った方がいいのかな。

ふと、そんなことを思う。

さすがに食器は好みがあるだろうし、バルスに伴侶ができたとき、昔の婚約者が使う予定だったものが残っていたら、やっぱり嫌だと思う。私なら絶対に嫌だし。

それに――

何より、私が欲しい。

せめて、思い出として。

少なくとも11カ月間、私は確かに幸せだったのだから。

何もないより、きっとその方がいい。

それに、私の部屋になるはずだった場所には、たぶん、新品の洋服箪笥や化粧台も、まだ残っているはずだ。

全部合わせれば、かなりの値段になると思う。

私の給料では、とても一度に手を出せるようなものじゃない。

でも、少しずつ貯金していけば――何年かあれば、返せるだろうか。

……それと。

出番のなかったウェディングドレスは、手元にある。

あれは支払いも済んでいて、仕立ても終わっていたから。

結婚式の直前、すでに婚約を解消された私の元に、そのまま届けられた。

届いた瞬間のことは、今思い返してもきつい。

箱に入れたまま、部屋の隅に置いてあるそれを、私はまだ開けることができていない。

あれは――どうしたらいいのか、本当に分からない。

そんなことを、ぼんやりと思っていた。

――――――――――

ミドリが出ていった扉を、バルスは食い入るように見つめていた。

閉じられたままのドアから、視線を外せない。

頭の中では、さっきの言葉が何度も繰り返されていた。

――おかえりなさい。

久しぶりに見たミドリは、相変わらず小さくて。

どうしようもなく、可愛くて、愛おしかった。

怪我さえなければ――理性など簡単に吹き飛んで、あのまま腕の中に閉じ込めていたはずだ。

同時に、泣いていた顔がよみがえる。

あんなふうに泣かせたのは、自分だ。

胸の奥が、鈍く痛む。

結婚すれば――きっと、もっと泣かせる。

そのとき、オレは騎士としての役目よりも、自分の身の安全を優先してしまうかもしれない。

だからこそ、これでいい。

バルスは、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと息を吐いた。

ミドリには、オレはふさわしくない。

この手で、多くの命を傷つけて、奪ってきた。

そんな手で、あいつに触れていいはずがない。

――それでも。

ミドリの前で、どこまで理性を保てるのか――
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