異世界に来て10年、伝えられないままの片想い

第18章 見なくていいものを、見てしまった

ダルク師団長に呼び出され、バルスは執務室を訪れていた。

「護衛ですか?」

「あぁ、ギルメ国の第4王女、リリア様が交流のため2か月ほど我が国に滞在されることが決まっていてな。わが隊が護衛任務にあたることになった。滞在中の護衛体制の検討に入っておいてくれ」

「分かりました」

「それと、お忍びで町も何度か見て回りたいと仰っている」

バルスはわずかに眉を顰めたが、それ以上は表情に出さず、

「……承知しました」

と短く返した。

――――――――――

「はぁ……」

いつもの場所。

バルスとよく来ていた湖のそばに、一人座り込む。

もう、何度目か分からないため息を吐く。

泣き疲れてしまって、声は出ない。

ただ、ときどき滲む涙をそのままに、ぼんやりと水面を見つめる。

「……フフ」

情けなくて、惨めで。

思わず、自分で笑ってしまう。

結局、半獣人だって美人がいいのよね。

頭に浮かぶのは、あの女性の姿。

バルスと宝石店から出てきた、猫の耳と尻尾を持つ半獣人の女性。

背が高くて、すらりとした体型で、整いすぎている顔立ち。

深緑の瞳に銀色の髪。

ため息が出るほど、綺麗だった。

同じくらいの年だろうか。

……ああいうのを、お似合いって言うのね。

「はは……」

乾いた笑いがこぼれた。

――――――――――

あの日。

落ち込むだけ落ち込んで、無理やり気持ちを押し込んだ。

そのおかげで、食事処に来たバルスにも、なんとか普通に接することができている。

幸い、まだ彼女を紹介されたことはない。

でも、バルスと彼女が一緒に歩いているところは、私だけじゃなくミレーヌさんたちも見ている。

……時間の問題だと思う。

ミレーヌさんたちは仕事だって言っていたけど、

……そんなわけ、ないと思う。

だって、彼女――とても嬉しそうだったから。

あれ以来、元婚約指輪を見るのをやめた。

見れば、ぐちゃぐちゃになるから。

惨めさも、嫉妬も――全部。

私は朝、鏡を見る。

そして、ため息をつく。

そこに映るのは、冴えない顔立ちに、ぼさぼさの黒髪、そして黒い瞳。

最近のやけ食いのせいで、全体的に丸くなった輪郭。

……これは、だめだわ。

望みがあったころは、少しは気をつけていた。

偶然でも会えたらいいと、それだけを楽しみにしていた。

でも、その楽しみが苦しくなってしまって。

気づけば、全部、食べることに逃げていた。

はぁ、とため息をついて、軽く頬を叩く。

――もう、どうでもいいか、見てくれる人なんていないのだから。

それでも、仕事はちゃんとしないとだよね。

一人で生きていくのだから。

本当は、あの人が現れるまでは、少しだけ思っていた。

もしかしたら、まだ、ほんの少しだけでも、望みがあるんじゃないかって。

私を思って、別れただけで。

まだ、少しは好きでいてくれているんじゃないかって。

「……はは」

全部、違った。

一番、そうであってほしくなかった形で、終わった。

あの最後のキスも。

今思えば、きっと迷いだったのだと思う。

責任を取ろうとしてくれて、結果、無理だっただけ。

そう思うと、あのとき引き止めたことは後悔でしかない。

あの頃の私は、気づいていなかった。

バルスの気持ちが、もう私に向いていなかったことに。

甘えて、頼って、それが当たり前になっていた。

だから、言い出せなかったのかもしれない。

このまま、ここにいていいのかな。

ふと、そんなことを思う。

ミレーヌさんたちにも甘えてばかりで。

彼女たちの子供たちが大きくなったら。

別の場所で働くことも、考えないといけないのかもしれない。

バルスだって。

……私がいたら、きっと気まずい。

——なのに、どうしても離れる決心がつかない。
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