異世界に来て10年、伝えられないままの片想い
番外編:結婚後① 選ばれた理由——ただ隣にいるだけで
「仕立て直しをお願いします」
バルスが持っていた袋から、彼の制服の上着を取り出す。
「わかりました」
50代くらいの男性の店主は、丁寧に上着の状態を確かめてから口を開いた。
「このくらいだと、1週間ぐらいだね」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
代金を支払い、バルスとともに店を出る。
差し出された腕に、そっと手を添えた。
「明日、食べたいものとかある?」
「そうだな」
少し考え込んでから、
「バツーレが食いたいな」
と答える。
「本当に好きだね。まぁ、私も好きだけど」
一緒に出歩くとき、彼は私の歩幅に合わせて、かなりゆっくりと歩いてくれている。
普段の彼の速さは、私が駆け足に近いくらいなのに。
「副師団長」
後ろから声をかけられる。
「あぁ、ドリュー……っと?」
振り返ると、狼族と猫族のカップルが仲良さそうに立っていた。
猫族の女性は、シルバーの髪に猫耳を持ち、思わず目を引く可愛らしい顔立ちをしている。
「はい、先日結婚しました。妻のミレーです」
嬉しそうに、バルスへと紹介する。
「そうか、良かったな」
「主人がお世話になっております」
ミレーがそう言うのを、ドリューが誇らしげに見つめている。
「あぁ。ドリューにはよく働いてもらっている」
バルスがそう返すと、ドリューは嬉しそうに笑った。
それから、私のほうへと視線を向ける。
「奥様、お久しぶりです」
「最近、食事亭に来なくなったと思っていたから、そういうことだったのね。おめでとうございます」
「あの、ミドリといいます。よろしくね、ミレーさん」
「あ、よろしくお願いします」
少し緊張した様子で、それでも嬉しそうに微笑んでくれる。
「こいつ、この街に知り合いがほとんどいなくて。もしよければ、奥様に相談相手になってもらえませんか?」
ドリューの言葉に、ミレーが慌てて腕を引く。
「ミレーさんさえよければ、私も嬉しいです」
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
はにかみながらも、しっかりと頷いた。
「良かったな、ミレー。じゃあ、副師団長、奥様、失礼します」
二人は丁寧に頭を下げ、仲良さそうに去っていく。
「ドリューさん、嬉しそう。奥さんを紹介したくてしょうがないって感じ」
私がくすっと笑うと、
「休みのたびに隣町に通って、やっと口説き落としたらしいからな」
とバルスは苦笑する。
「頑張ったんだぁ。ミレーさん、すごく可愛いし」
「ドリューにはもったいないって、隊の連中に散々からかわれてた」
その様子を思い出したのか、少し楽しげな表情になる。
「そっかぁ。じゃあ、なおさら自慢だね」
私も笑いながら答えた。
今度会ったら、二人の話をいろいろ聞いてみよう。
そんな楽しみが増えたことが、少し嬉しい。
――でも。
自慢の奥さん、か。
なんとなく視線を前に向けたまま、そんな言葉が頭に残る。
私の場合は、逆だなと思う。
自慢できるのは、私じゃなくて――旦那さんのほう。
バルスだって、望めばいくらでも相応しい人を選べたはずなのに。
私さえこの世界に来なければ、きっと。
すごく綺麗な奥さんと、可愛い子どもに囲まれて、そんな分かりやすく幸せな人生を歩いていたんじゃないかって。
……そんなことを、ふと思ってしまう。
横にいるバルスへと視線を向ける。
彼も気づいたのか、こちらを見る。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでも。ただ……」
言いかけて、口を閉じる。
自分で、自分の言葉に少しだけ傷つきそうになった。
「なんだ?」
訝しげな視線が向けられる。
「……なんでもないの。はは」
誤魔化すように笑う。
しばらく黙って歩いていると、ふいにバルスが私の顔を覗き込んできた。
「え、あ、なに?」
小さく肩が跳ねる。
「また、くだらないこと考えているだろ」
呆れたような声。
「そんなこと……」
言いかけて、視線に負ける。
結局、小さく頷いた。
「その……バルスって、えっと……私の、何がいいのかなって」
言いながら、顔が熱くなる。
「今さらか」
苦笑混じりに返される。
「だって、ミレーさん、可愛いと思うでしょ? 一般的に」
「まぁ、一般的にはな」
「そうなると、趣味が悪いわけじゃないし……」
「……あのな」
深くため息をついてから、
「ミドリは俺の伴侶だ。何がと言われても困る」
そう言って、少しだけ言葉を切る。
「言葉が欲しいなら――全部だ、それ以外ない」
頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「……はぁ」
間の抜けた声が漏れた。
「それに、自分の妻を趣味が悪いなんて言われるのは心外だな」
何も言えなくなって、思わず視線を逸らす。
……ずるい。
そんな言い方、反則だと思う。
「で、明日はバツーレを作ってくれるのか?」
何事もなかったみたいに話を戻すバルスに、思わず笑ってしまった。
「うん、食材買って帰らないと。――美味しく作れたらいいなぁ」
そう答えながら、私はもう一度だけ、彼の腕にそっと手を添えた。
バルスが持っていた袋から、彼の制服の上着を取り出す。
「わかりました」
50代くらいの男性の店主は、丁寧に上着の状態を確かめてから口を開いた。
「このくらいだと、1週間ぐらいだね」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
代金を支払い、バルスとともに店を出る。
差し出された腕に、そっと手を添えた。
「明日、食べたいものとかある?」
「そうだな」
少し考え込んでから、
「バツーレが食いたいな」
と答える。
「本当に好きだね。まぁ、私も好きだけど」
一緒に出歩くとき、彼は私の歩幅に合わせて、かなりゆっくりと歩いてくれている。
普段の彼の速さは、私が駆け足に近いくらいなのに。
「副師団長」
後ろから声をかけられる。
「あぁ、ドリュー……っと?」
振り返ると、狼族と猫族のカップルが仲良さそうに立っていた。
猫族の女性は、シルバーの髪に猫耳を持ち、思わず目を引く可愛らしい顔立ちをしている。
「はい、先日結婚しました。妻のミレーです」
嬉しそうに、バルスへと紹介する。
「そうか、良かったな」
「主人がお世話になっております」
ミレーがそう言うのを、ドリューが誇らしげに見つめている。
「あぁ。ドリューにはよく働いてもらっている」
バルスがそう返すと、ドリューは嬉しそうに笑った。
それから、私のほうへと視線を向ける。
「奥様、お久しぶりです」
「最近、食事亭に来なくなったと思っていたから、そういうことだったのね。おめでとうございます」
「あの、ミドリといいます。よろしくね、ミレーさん」
「あ、よろしくお願いします」
少し緊張した様子で、それでも嬉しそうに微笑んでくれる。
「こいつ、この街に知り合いがほとんどいなくて。もしよければ、奥様に相談相手になってもらえませんか?」
ドリューの言葉に、ミレーが慌てて腕を引く。
「ミレーさんさえよければ、私も嬉しいです」
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
はにかみながらも、しっかりと頷いた。
「良かったな、ミレー。じゃあ、副師団長、奥様、失礼します」
二人は丁寧に頭を下げ、仲良さそうに去っていく。
「ドリューさん、嬉しそう。奥さんを紹介したくてしょうがないって感じ」
私がくすっと笑うと、
「休みのたびに隣町に通って、やっと口説き落としたらしいからな」
とバルスは苦笑する。
「頑張ったんだぁ。ミレーさん、すごく可愛いし」
「ドリューにはもったいないって、隊の連中に散々からかわれてた」
その様子を思い出したのか、少し楽しげな表情になる。
「そっかぁ。じゃあ、なおさら自慢だね」
私も笑いながら答えた。
今度会ったら、二人の話をいろいろ聞いてみよう。
そんな楽しみが増えたことが、少し嬉しい。
――でも。
自慢の奥さん、か。
なんとなく視線を前に向けたまま、そんな言葉が頭に残る。
私の場合は、逆だなと思う。
自慢できるのは、私じゃなくて――旦那さんのほう。
バルスだって、望めばいくらでも相応しい人を選べたはずなのに。
私さえこの世界に来なければ、きっと。
すごく綺麗な奥さんと、可愛い子どもに囲まれて、そんな分かりやすく幸せな人生を歩いていたんじゃないかって。
……そんなことを、ふと思ってしまう。
横にいるバルスへと視線を向ける。
彼も気づいたのか、こちらを見る。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでも。ただ……」
言いかけて、口を閉じる。
自分で、自分の言葉に少しだけ傷つきそうになった。
「なんだ?」
訝しげな視線が向けられる。
「……なんでもないの。はは」
誤魔化すように笑う。
しばらく黙って歩いていると、ふいにバルスが私の顔を覗き込んできた。
「え、あ、なに?」
小さく肩が跳ねる。
「また、くだらないこと考えているだろ」
呆れたような声。
「そんなこと……」
言いかけて、視線に負ける。
結局、小さく頷いた。
「その……バルスって、えっと……私の、何がいいのかなって」
言いながら、顔が熱くなる。
「今さらか」
苦笑混じりに返される。
「だって、ミレーさん、可愛いと思うでしょ? 一般的に」
「まぁ、一般的にはな」
「そうなると、趣味が悪いわけじゃないし……」
「……あのな」
深くため息をついてから、
「ミドリは俺の伴侶だ。何がと言われても困る」
そう言って、少しだけ言葉を切る。
「言葉が欲しいなら――全部だ、それ以外ない」
頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「……はぁ」
間の抜けた声が漏れた。
「それに、自分の妻を趣味が悪いなんて言われるのは心外だな」
何も言えなくなって、思わず視線を逸らす。
……ずるい。
そんな言い方、反則だと思う。
「で、明日はバツーレを作ってくれるのか?」
何事もなかったみたいに話を戻すバルスに、思わず笑ってしまった。
「うん、食材買って帰らないと。――美味しく作れたらいいなぁ」
そう答えながら、私はもう一度だけ、彼の腕にそっと手を添えた。