グルゥとリル、もりのはずれで

夜のまえの声

夕ぐれが森のすみにやわらかくたまって、家のまわりの草むらから、ちいさな虫の音がこぼれはじめていました。
ひとつ鳴いて、またひとつ鳴いて、それがいつのまにか重なって、見えない糸のように空気のあいだへ張られていきます。

グルゥは戸口のそばにしゃがんで、かまどの火を見ていました。赤いところを細い木べらでそっと寄せると、ぱち、と乾いた音がして、またすぐ静かになります。大きな手の動きなのに、音はあまり立ちませんでした。

リルは床にすわって、浅い器の中で豆をころころと転がしていました。指先でえらぶたび、かすかな触れあう音がして、それも虫の声の下にうすくまじります。ときどき耳をすますように顔を上げては、また手もとへ戻っていきました。

外はもう青いような灰色のような色で、木々のあいだから見える空だけが、まだすこし明るさを持っていました。
その明るさも、ゆっくり、ほんとうにゆっくりとほどけていきます。

リルは豆をえらぶ手を止めずに、ちいさく言いました。
「きょうは、よくきこえるね」

グルゥはうなずいて、火の上の鍋を見ました。
湯気は立っていません。ただ、中で煮えているものが、とろり、と身じろぎするような気配だけがありました。香ばしい匂いに、草の青い匂いがまざっています。

虫の音は、遠くで鳴くものと、すぐ足もとで鳴くものとで、すこしずつ高さがちがっていました。
高い音は葉のうらにひそんでいそうで、低い音は土の近くで丸くなっていそうでした。
どこにいるのか見えないのに、そこにたくさんの小さな気配があるとわかる夜でした。

リルは器の中をのぞきこんで、丸い豆を二つ、掌にのせました。
それを見てから、こんどは戸のほうを見ます。
開けてあるすきまの向こうは、もうほとんど夜で、黒くなりきる手前のやさしい色をしていました。

グルゥが立ち上がって、戸を半分だけ閉めました。虫の音が消えないくらいに、けれど火が落ち着くくらいに。
それから器を受け取り、えらび終わった豆を鍋へ入れます。
大きな指なのに、豆はひとつもこぼれませんでした。

リルはそのようすを見ていました。
うれしいとも安心とも言わず、ただしばらく見ていました。

火は赤く、小さく鳴っていました。
外の虫たちは、それよりもっと細い声で鳴きつづけています。
家の中と外で、ちがう音が並んでいるのに、けんかをしないのがふしぎでした。どちらも急がず、どちらも自分の速さで、夜をつくっているようでした。

鍋が煮えるまで、することはあまりありません。
リルは自分のひざを両手でかかえて、壁にもたれました。眠たげな顔のまま、耳だけが起きているようです。
グルゥは木べらを鍋のふちに置き、棚から皿を二枚下ろしました。皿の触れあう音は、ごく短くて、すぐ虫の声に溶けました。

そのうち、さっきまで高かった虫の音が、すこし奥へしずんだように聞こえました。かわりに、近くの草むらの声がはっきりしてきます。
夜が深くなったのか、こちらの耳がなじんだのか、たぶんどちらもでした。

リルは壁にもたれたまま、そっと言いました。
「みんな、ちいさいね」

グルゥは皿を置いて、外を見ました。
「……ああ」

それだけでした。
けれど、その短い声のあとには、まだたくさん鳴いているものたちの気配が、そのまま置かれていました。

やがて鍋の匂いがもうすこし濃くなって、夕ぐれの名残はすっかり見えなくなりました。
戸のすきまは暗く、火の赤さだけが近くにあります。
リルはひざをかかえたまま、耳の奥にひろがる虫の音を聞いていました。
グルゥは静かに椀へよそい、湯気の向こうでその横顔を見ました。

呼びかけるほどのことでもない夜でした。
ただ、そこにある音をいっしょに聞いているだけで、もうじゅうぶんのようでした。
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