恋煩いの処方箋


 返事がないまま数日が過ぎた。大和は和花の認知届を提出し戸籍上も父親となったが、日々の生活はなにも変わる事となく淡々と過ぎ去っていく。
 今日は七夕祭りを三人で見にいく約束をしているのだけれど、浴衣を着てはしゃぎ過ぎた和花は疲れて昼寝中だ。
もうすぐ着くよと連絡があり、私はひとりで大和を迎えに出る。するといつもと違う車に乗ってやってくる。
「おかえりなさい」
「ただいま。あれ、のんちゃんは?」
「のんは昼寝中だよ。それより大和。車いつもと違うのね、車検か何か?」
 すると頭を掻きながら言いにくそうにしている。
「……車検、ではないんだ。あの車は親にかえして、マンションも引き払った。とりあえず今は病院の寮に住まわせてもらってる。相談もなくごめん」
「ううん」
 大和の覚悟が伝わってくる。私を心配させないように話さないでいてくれたことも理解できる。けれど、もし私たちのために親子の縁まで切ることになったら……そう考えると胸が痛くなる。
 誰かの不幸の上に成り立つ幸せなんてないと思うから。
「あのね、大和。私ものんもこうして大和と過ごせる時間があれば幸せなの。だから、無理だけはしないで……」
 精一杯の気持ちを伝える。すると大和の厳しい表情が若干和らいだようにみえた。
「ありがとう、亜子。さて、のんちゃん起こしてお祭りに行こうか!」

 私たちは大和の車で商店街付近まで行き市営駐車場に駐車する。車を降りると和花を真ん中にして手を繋ぎ、夏の夕闇の中を歩く。街灯に照らされて、三人の影が伸びる。ずっと憧れていた家族の姿がここにある。私は目頭が熱くなるのを感じた。
「あれ、亜子? 有馬くんも⁉︎」
 そう声をかけてきたのは地元の同級生の友人。隣にいる彼は少し面倒そうにペコリと会釈をする。私たちも揃って頭を下げた。
「恵那たちも来てたんだね!」
「今日は花火も上がるって言うから。あら、のんちゃん、アサガオの浴衣かわいいねー」
 恵那は「超かわいい」を連発する。和花もどこか得意げだ。
「そういえば有馬くんて東京に住んでるんじゃなかった?」
 恵那にはある程度の話はしてある。困った時に相談に乗ってくれたりもする。父親が誰かは明かしてはいないのだけれど、きっと気付いているだろうと思っている。
「今は仕事の関係でこっちに戻ってきてるんだ」
「そっか、そうなんだね。じゃあ、亜子とのんちゃんの事、よろしく頼むよ!」
 恵那は大和の背中をバンと叩く。
「もちろん、そのつもりだよ」
 大和は迷いなくそう言って私に微笑みかける。恵那は安堵の表情を浮かべた。
「よかった。……じゃあ、そろそろ行くね。お祭り楽しもう! のんちゃんまたね」
「えなちゃん、またねー」
 和花が手を振ると恵那は彼氏と手を繋ぎ商店街の方へと歩いていく。
「さあ、のんちゃん行こうか!」
 私たちもゆっくりと歩き始める。夏の蒸した空気。屋台の美味しそうな匂い。金魚すくいや射的に集まる子供たちのはしゃぎ声。いつもより楽しそうな和花の笑顔。
竹飾りと吹き流しが飾り付けられた商店街を歩きながら和花が食べたいと言ったので、チョコバナナを買う。焼きそばとたこ焼きを買って、運よく空いた椅子に座る。汗をかきながら熱々のたこ焼きを頬張って、焼きそばをすする。
お腹を満たした私たちは、花火を見る場所を探す。
「そうだ、あそこは?」
 大和についていくと、神社の石段を登っていく。境内に明かりが灯され笹飾りもライトアップされている。
「祭りの日は開放されてるんだよ。小さい頃、ここからよく花火を見てたんだ」
 石段に腰を下ろすと最初の花火が上がる。
「うわぁ! きれい」
 和花がパチパチと手を叩く。その姿を目を細めて見つめる大和。私はスマホを取り出すとパシャりとシャッターを切った。「ふふふ」と笑みが溢れる。
「亜子、どうした?」
「ううん、何でもない。花火がきれいだなって思って」
 来年も再来年も、和花が大きくなっても。こうして大和と一緒に花火を見ることができたら幸せだ。
 
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