幼馴染への三度目の失恋を回避したい ――激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。
 ◇

 むせ返るような熱気に包まれた開会式が終わり、全校生徒が一斉に各々の教室へと戻っていった。

 僕は、ダンボールで作った屋台の裏側に回り込み、一人でしゃがみ込んだ。
 この手作りのレジカウンターは軽すぎて、少しぶつかっただけですぐに倒れそうだった。
 足元を安定させるため、水を入れたペットボトルをガムテープで固定していく。

「わっ!」

 頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。

 顔を上げると、めぐみが目を丸くして僕を見ていた。

「……何してるの?」

「これ、軽くて倒れそうだから。安定させるために、下に重し乗せようとしてんの」

 手を動かしながら答える。

「あ、ほんとだ。ありがと……」

 見上げると、目が合った。

 ハーフアップに、白いねじりハチマキ。
 背中には『祭』の文字を背負った、本来ならカッコいいはずのはっぴ姿。
 なのに――どうしようもなく可愛い。

 彼女はスッと僕の隣にしゃがみ込んできた。

「…………」

 なぜか何も言わずに黙っている。

 至近距離で見つめると、いつもはすっぴんの彼女の唇が、今日はほんのりと色づいていることに気がついた。
 リップでも塗っているのだろうか。
 色素の薄い彼女に、ぴったり似合っている桜色。

 たまらなくなった。

 無意識のうちにスッと手を伸ばし、彼女の肩にかかっていた髪先を、指先でそっと摘んでしまった。

「……へー」

 胸の高鳴りを誤魔化すように、わざと意地悪く言う。

「……髪型、これにしたんだ」

「……っ」

 言葉を詰まらせたままのめぐみ。
 その大きく見開かれた瞳と、みるみるうちに赤く染まっていく頬。

 それはいつも僕に向ける「幼馴染への無防備な顔」ではなく、明らかに異性からの接触に対する戸惑いと、恥じらいを含んだ反応に見えた。

(…………っ)

 期待以上のその反応に、逆に僕が狼狽えてしまった。


「あれ、めぐは?」

 そのとき、教室の入り口から金森の声がした。

「……あ、あっ! ごめん葵、今行く!」

 めぐみは弾かれたように立ち上がり、真っ赤な顔をして慌てて走り去っていった。

「…………」

 残された屋台の裏側。
 めぐみの反応の一部始終を至近距離で浴びた僕は、完全にキャパオーバーを起こしていた。

 しゃがみ込んだまま、膝の上に組んだ腕に額を擦り付ける。

「……ふーっ……」

 大きく、長く息を吐き出し、異常な速度の動悸を必死に抑え込もうとした。

 頭の中で、二人の僕が激しい討論を始める。

『見ろ! 俺が触れてもまったく嫌がっていなかった! それどころか照れて恥じらっていたぞ! どう考えても、めぐも俺を意識している! 史上最大のチャンスだ、このまま一気に行け!』

 アクセルをベタ踏みしようとする楽観的な僕に対し、もう一人の僕が慌ててブレーキをかける。

『いや待て、落ち着け! 長年の片思いの歴史を思い出せ! ここで油断は禁物だ。あんな顔しておいて、後になってから「? あのときは開会式の後で暑くて顔が赤かっただけだよ?」とか、平気で言うのがあいつなんだぞ!?』

 そんな不毛な脳内会議をぐるぐると繰り返していると、背後から足音が近づいてきた。

「……うわっ!」

 シフト一番のレジ役を担当する男子だった。
 屋台の裏で、頭を抱えて丸くうずくまっている僕の姿を見つけ、ギョッとした。

「お前、何やってんだよ! 腹でも痛いの!?」

「……いや。なんでもない」

 ゆっくりと顔を上げ、平静を装いながら立ち上がった。

 まだ顔が熱い。
 次にめぐみを前にしたとき、果たしてこの心臓は持ちこたえられるのだろうか。
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