幼馴染への三度目の失恋を回避したい ――激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。【完結】

第5話

 卒業式が終わり、緊張感から解放された中庭は、あちこちで歓声とシャッター音が弾けていた。

 僕は同じバスケ部の男子たちと、レンガの塀のまわりで適当に駄弁っていた。

 女子たちはグループで集まって、きゃあきゃあと写真撮影を楽しんでいるのが多い。

 周囲の雑談に適当に相槌を打ちながらも、無意識のうちに、友達と笑い合うめぐみの姿をずっと目で追っていた。


「朝井ー! ボタンちょうだーい!」

 近づいてきた同じクラスの女子に、明るい声でそう呼びかけられる。

「えっ……」

 思わず戸惑い、自分の胸元に視線を落とす。
 後輩やクラスの女子に次々とせがまれ、実はもう第二ボタンしか残っていなかったのだ。

 緊張した面持ちでお願いしてくる子もいれば、目の前の彼女のように、卒業式の一イベントみたいな軽いノリで依頼してくる子もいる。

「えーっと……」

 渋っていると、彼女は面白そうに目を細めた。

「なに? 誰かにあげるの?」

 図星を突かれたものの、肝心の『誰か』は遠くで呑気に笑っている。

 結局、気の利いた言い訳も思いつかず、小さくため息をついた。
「……あー、いいよ」と言って、少しだけ力を込めて、最後のひとつをブチッと引きちぎる。

「いえーい! ありがと〜!」

 彼女は嬉しそうに手を振りながら、自分のグループへと戻っていった。

 ついに僕の学ランから、すべてのボタンがなくなってしまった。
 前がだらんと開いたのを見て、近くにいた男どもは「あーあ!」とニヤニヤする。

「せっかく『本命』にとっておいたのになあ!?」
「向こうは全然気づいてなさそうだぞ? さっさと告れよ!」
「振られるのがこわいんだよな? 『なっちゃん』!」

 囃し立てられ、軽く睨みつけた。

「……うっせ。いじんな!」

 バスケ部の中でも特に親しいやつらには、僕のこの拗らせきった長年の片思いは、完全に把握されている。

 視線を元に戻すと、さっきまで友達の輪の中にいためぐみが、少し焦ったように校舎へ入っていくのが見えた。

「……ちょっと便所」

 僕はそう短く言うと、レンガの塀に手をつき、ヒョイッと飛び越えた。

 背後から「嘘つけ! 頑張れよー!」という笑い混じりの励ましが聞こえたけれど、振り返らずに小走りした。

 ◇

 めぐみの後を追い、静まり返った廊下を抜け、教室にたどり着く。

 そっと中を覗き込むと、彼女は机から卒業証書の入った筒を取り出し、ホッと息を吐いているところだった。

(あいつ……忘れてたのかよ)

 相変わらずの抜けっぷりに呆れながらも、そんな隙だらけの彼女に愛しさを感じてしまう。

 声をかけると、めぐみは「なっちゃんも忘れ物?」なんて見当違いなことを言っていた。

 僕の学ランのボタンがすべてなくなっていることに気がついたけれど、「モテるんだねえ」と、まるで他人事のように感心して見せた。

(……違う)

 僕が欲しいリアクションは、そんなのじゃない。
 少しでもショックを受けるとか、やきもちを焼くとか。
 わずかでもそんな反応を見せてくれたら、もう一歩を踏み出せるかもしれないのに――。

 けれど、めぐみの顔にはそんな影は微塵もなく。
『やっぱり、僕と彼女の想いは違うのだ』という苛立ちと虚しさで、胸の奥がギュッと苦しくなる。

「……じゃ、行くわ」

 ため息をついて立ち去ろうとした。

「あ! なっちゃん待って! 卒業式でやりたかったことあるの!」

 そんな僕を呼び止めて、記念写真を撮ろうと無邪気に誘ってきた。

 ◇

 自撮りモードのスマホを構えるめぐみが、画角に入ろうと近づいてくる。

 トンッ、と。
 制服越しの小さな肩が、僕の腕に触れた。

 二人で自撮りするなんて初めてだし、そもそも、こうして並んで一緒に写真を撮ること自体、ものすごく久しぶりだ。

(やばい……)

 急激に上がっていく心拍数がバレないように、必死に無愛想な態度を装った。
 もちろん、笑顔をつくる余裕なんてあるわけがない。

 ――カシャッ。

 スマホを奪い取ってシャッターを切り、さっさと歩き出す。

「もー、なっちゃん! もっと笑ってよー」

 背後から文句を言いながらも、画面を見て嬉しそうにしていた。

 その顔を横目で確認すると。

(……まあ、いっか)

 さっきまでのどうしようもない不満は、春の風に吹かれたようにスッと消えてしまっていた。

 ◇

 その日の夜。
 ベッドに寝転がっていると、スマホが短く震えた。

 めぐみからのメッセージだ。

 トーク画面を開くと、昼に教室で撮った写真が送られてきていた。

『撮ってくれてありがと! 高校でも仲良くしてね』

「『仲良く』、ねえ……」

 スマホの画面を見つめながら、一人でぼやいた。

 こいつの言う『仲良く』は、小学生のとき一緒にお絵描きしたり、公園で泥遊びしたりしていたレベルとまったく同じ意味合いな気がするんだよなあ……。

 そうため息をつきながらも。

「……可愛い」

 僕の隣で満面の笑みを浮かべる幼馴染を、春休みの間、暇さえあれば何度も見返してしまうのだった。
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