追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウエディング事業を始めます!
「え――」

 絶句しているルシアードと共に、セレスティアも青ざめる。まさかアンネリーゼが側仕えの提案を断るとは思っていなかったのだろう。そしてアンネリーゼ自ら国外追放を申し出ることも。アンネリーゼが国を去るとなれば、聖獣ユニコーンの加護もまた国から消失することになる。それは二人にとって不本意だったのだろう。

(それはそうよね。わたしが聖獣の力を私利私欲で用いているなんて、まったくの嘘っぱちなんだから)

 けれども、後悔してももう遅い。アンネリーゼはもう、ルシアードのこともセレスティアのことも、この国ことも見限っていた。
 もう言うことはないと、アンネリーゼはドレスの裾を持ち上げる。

「それでは皆様、ごきげんよう。この国に祝福があられますように」
「ア、アンネ! 待っ――」

 アンネリーゼは、その場に居合わせた招待客たちに満面の笑みを向ける。狼狽しながら片手を伸ばしてきたルシアードのことはすらりと無視。
 その時、アンネリーゼの新しい門出を祝福するかのように、一角獣の白馬が姿を現した。白金のたてがみ。黒曜石のごとき煌めく瞳。アンネリーゼの聖獣、ユニコーンだった。間近で見る聖獣の神々しい姿。招待客たちが息を呑む。
 アンネリーゼは、美しいユニコーンにしなやかに手を伸ばす。

「――行きましょう、エルドラン。わたくしたちの居場所は、もうここにはないみたいだから」
「……どこへ行くというの、お姉様?」
「わたくしたちを必要としてくれる場所へ。セレス、ルシアード様とお幸せに」

 精いっぱいの晴れやかな笑みをセレスティアに手向ける。この国と婚約者のために尽くしてきたつもりだったけれど、それが無意味だったことは悔しいし、悲しい。けれども、それはもう後悔しても仕方のないこと。これからのことに目を向けよう。もう振り返らない。今は前だけを見るのだ。
 アンネリーゼは身を翻すと、自らの聖獣――ユニコーンの背に跨る。名はエルドラン。この世界の『守る者』を意味する言葉から名づけた。馬上の人となったアンネリーゼは、一度だけ場内を振り返る。なにかを言おうとしているルシアードとセレスティア。呆然としている招待客たちの姿。アンネリーゼは顔を戻すと、エルドランのたてがみを軽くなでる。エルドランはそれを合図に、礼拝堂の床石を蹴った。
 その途端、エルドランの加護の力なのか、礼拝堂のステンドグラスを通して虹色の光が堂内に差し込む。それは、立ち去っていくアンネリーゼの背を神々しいまでに縁取る。
 その姿はきっと――聖獣の加護を私的に利用するような悪ではなく。聖獣に愛された清らかな存在だと、その場にいた者たちに思わせたに違いなかった。


 ***


 聖獣ユニコーン――エルドランの背に跨ったアンネリーゼ。なるべく王都から離れようと、あてもなく馬で駆ける。王国の森林や村々といった見慣れた景色が次々と通り過ぎていく。一角獣の俊足に身を任せながら、アンネリーゼは晴れやかに問いかける。

「いいお天気! これからどこへ行きましょうか、エルドラン?」
『好きにしたらいいんじゃない? もう誰もアンネのことを縛るものはないんだから』

 頭の中に、直接エルドランの声がかけられる。これは念話(ねんわ)と呼ばれる聖獣の能力の一つであるらしい。念話は特定の人物のみに聞こえるもので、周囲の人間には聞こえないそうだ。ちなみにエルドランは聖獣の中では年若い。そのため少年のような声をしている。
 アンネリーゼは空を見上げる。まるで自分の自由を表すかのような快晴だ。

「……そうですね。それじゃあ、わたしたちのことがあまり知られていない所に行きたいです。たとえば、隣国のアルシェリア王国とか? わたしはグランディール王国から出たことがないから、この機会に行ってみたいです」
『……隣国か。まあ、いいんじゃない。アンネの知識が役に立つと思うよ』
「どういう意味ですか?」
『ボクが他の聖獣から聞いた話によると、隣国は少子化に悩まされているようだよ。最近、気候変動があってね。気温が急激に大幅に上がったそうだ。その影響で作物の実りも悪くなった。栄養不足から出生率も下がっているらしいね』
「そうなんですか……。深刻な状況だったのですね。わたし、仮にも王太子の婚約者という立場にありながら隣国の情勢も知らないとは……お恥ずかしい限りです。あ、元婚約者ですけれど」

 いたずらっぽく笑って見せる。エルドランが肩をすくめる。
『そんなに気に病まなくてもいいんじゃない。自覚があるのなら、これから知っていけばいいだけだよ。キミの言うとおり、もうキミは王太子の婚約者でもなければ、侯爵家の令嬢でもないわけだしね』
「う……。国外追放ですから、家を勘当されたのも同然ですものね。つまりわたしは、今やなんの肩書きもないただの娘ということですね」
『逆に言えば、なんのしがらみもないと言えるよ。自由になったんだ。これから知りたいことを知っていけばいいじゃない。ボクもついているんだからさ』
「うう、ありがとう、エルドラン……! わたしにはもうあなただけです!」
『ちょ、苦しいよ!』

 アンネリーゼはエルドランの首にしがみつく。エルドランは呻きながらも、どこか嬉しそうだった。
 アンネリーゼとエルドランは、じゃれ合いながら広がる草原を駆けてゆく。やがて二人は、グランディール王国とアルシェリア王国の国境にある城塞都市に到着した。


 ***


 白い石壁に青い尖塔がそびえ立つ美しい城塞都市。国境付近の村で簡素な旅装に着替えたアンネリーゼは、エルドランと共に門前にある検閲所にやって来ていた。
 槍を携えた門兵が、アンネリーゼを認めて声をかける。

「……お嬢さん。旅の目的は?」
「どこかのお屋敷で小間使いとして雇っていただこうと思いまして。グランディール王国よりやってまいりました」
「ふむ。聖獣の加護に守られた隣国から、情勢不安定な我が国へ移り住もうとは……奇特なお嬢さんだ。近ごろは街も人手が足りないからな。入国を許可しよう」
「ありがとうございます。力を尽くします」

 アンネリーゼは門兵に答え、颯爽と検閲所を潜った。ちなみにエルドランは霧のように姿を消している。聖獣は己の意思で出たり消えたりすることが可能なのだ。アンネリーゼ自身にもエルドランの姿は見えない。けれど、存在は確かに近くに感じるため安心していた。きちんとアンネリーゼについてきているようだ。
 検閲所を過ぎ、城下町に足を踏み入れたところで――アンネリーゼは息を呑んだ。石畳の通りに立ち並ぶ商店。そのどれも並べられている商品が少なかった。売り切れているわけではない、商品の陳列棚に埃が積もっているのだ。長らく売り物が並んでいないのだろう。また、通りにある花屋には色がなく、店員が枯れて落ちた花びらを箒で掃いている。結婚指輪を売る宝飾店にも客足はない。この国の人々には、着飾るものを買う余裕がないのだろう。

(なんてこと……。隣国がこんなにも大変な状況だったなんて)

 アンネリーゼは、そっと拳を握る。自国で平和ボケしていた自分が恥ずかしい。これはある意味、自国を追放されてよかったのかもしれない。狭かった視野を少しでも広げることができたから。

(――わたしに、なにかできることはあるでしょうか)

 もう誰にも必要とされていない身。この国にやって来たことも運命だろう。自分の特技で、この国の役に立つことはできないだろうか。
 アンネリーゼは、石畳の商店街に並ぶ花屋と宝飾店に目をやる。前世での職から考えると悲しい光景だ。これから祝宴を挙げる新郎新婦の幸せな笑顔があふれていてほしい場所なのに。

(……ウエディング。そう、わたしは結婚式が好き。門出は『未来を信じる儀式』。この国に活気を取り戻すために、ブライダル分野から力になることはできないかな)

 アンネリーゼは顔を上げる。己にできるとしたら、前世の知識を活かすこと。聖獣エルドランの存在は、混乱を避けるために極力伏せなければならない。聖獣の加護以外でこの国のためにできることをしたい。それはきっと、この国の結婚式を盛り上げること。ひいては少子化対策につなげることだ。
 アンネリーゼは腕まくりをする。

「そうと決まれば、まずは商店街をまとめている会長さんに話を通して――」
「――そこの君。見慣れない顔だな。名を名乗ってもらおうか」

 後方から声をかけられ、アンネリーゼは足を止める。振り返ると、栗毛の馬上に一人の男の姿があった。歳は二十代半ばだろうか。落ち着いた黒髪に、切れ長の金茶色の瞳。髪と同色の、黒地に金の縁取りのされた軍服を纏っている。高貴な雰囲気の漂う美丈夫だった。この活気を失ってしまった商店街において、その存在感が際立っている。

(誰……?)

 そうは思ったけれども、アンネリーゼはとっさに淑女の礼をしていた。

「……アンネと申します。隣国よりやってまいりました、旅の者です」
「ふむ? どこかで見た顔である気がするが……。まあいい。俺はシグルド・フォン・アルシェリア。この国の王太子だ」
「王太子殿下……」

 アンネリーゼは目を見開く。少子化に悩む隣国の王太子。このような所にいるとは、地方巡回の最中ででもあったのだろうか。
 これが、アンネリーゼとシグルドの最初の出会い。
 アンネリーゼが前世の知識と聖獣の祝福をもってこの国を支える――その第一歩だった。
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