超能力持ち令嬢ですが冷徹理屈屋公爵に「その力を貸してくれ」と言われて偽装結婚することになりました
第1話 出会い
今夜は、とある貴族の誕生パーティー。
煌びやかな大広間には、着飾った淑女や紳士がシャンパングラスを片手に歓談をしている。こういったパーティーは貴族たちの社交の場だ。
「きゃっ」
甲高い声を上げたのは、ピンクブロンドの長い髪をゆるやかに巻き、淡いピンクと白のドレスを着た可憐な令嬢シャルロット。
ドレスの裾でも踏んだのか、バランスを崩したようだ。
「レディー、失礼。大丈夫ですかな?」
正面にいた髭の中年男性が、シャルロットを抱き止める。
彼女は大きな瞳をさらに大きく見開き、中年男性をじっと見つめる。
「すみませぇん、ありがとうございますぅ」
可愛い女性に上目遣いで礼を言われ、中年男性は鼻の下を伸ばしてにやけた。
一部始終を見ていたマダムたちが、ヒソヒソと話を始める。
「まーた《ドジっ娘 シャルロット》がよろけた振りして、殿方にしなだれかかっているわ。伯爵令嬢にあるまじき下品な振る舞いよ」
「若い男だけでなく40過ぎのボーナム男爵にもするなんて、男好きなのねぇ」
シャルロットは、助けてくれた中年男性ーーボーナム男爵に頭を下げた後、踵を返して大広間から出て行った。
その後ろ姿を、ボーナム男爵が名残惜しそうに見つめていることに気付かずに。
*****
(一体、どこにいるのかしら……)
あの後シャルロットは、ある人物を探して建物内をさまよっていた。
(人嫌いの変わり者と聞いているから、ひと気がない所にいるのかも?)
バルコニーに出て明かりが届かない端までチェックしたが、誰もいなかった。
もう少ししたら、パーティーはお開きになる。
(それまでに絶対に接触しなければ、またーー……)
シャルロットが焦っていると。
「シャルロット嬢」
背後から声をかけてきたのは、ボーナム男爵だった。
「こんなひと気のない暗がりに誘い込んで、いけない子だ」
「何を言って……」
「わざとコケて私の胸に飛び込んで来たのは、そっちだろう?」
戸惑っていると、ボーナム男爵に腕を掴まれた。強い力で振りほどけない。
「誰か……ッ!」
シャルロットは声を上げかけて考えた。
社交界で、
"わざとコケて男性に甘えるふしだらな令嬢"
"ドジっ娘シャルロット"
と非難されていることなんて知っている。
たとえ大広間に声が届いたとしても、自業自得だと嗤われそうで怖くなったのだ。シャルロットは声を上げることもできず、固まってしまった。
ボーナム男爵が下卑た顔を近付けて来ているのに、ただ震えることしかできない。
(誰か、助けてーー)
「ボーナム男爵は既婚者では?」
若い男性の声がして、ボーナム男爵もシャルロットもそちらを見た。
大広間からバルコニーに出て来たその人物は、逆光でよく見えないが、背が高い若い男性のようだ。
男性がかけているモノクル眼鏡がきらりと反射する。
「それに、シャルロット・ノイエ伯爵令嬢は、青い顔で涙を浮かべて震えている。どう見ても嫌がっていることに、なぜ気付かない?」
「なんだと! お前、失礼なーーグレイヴン公爵!?」
近付いて来た男性の顔を見て、ボーナム男爵が呻く。
グレイヴン家と言えば、知らない貴族はいない。今日のパーティーの主催であるフォラス公爵と親しく、王家とも関わりがある大貴族だ。
相手が格上とわかるとボーナム男爵はシャルロットの手を離し、すごすごと室内に戻っていった。
(助かった……怖かったけれど、目当ての人物に接触できたわ)
テオドール・グレイヴン公爵。
まだ23歳の若き当主は紺色の髪に切れ長の青い瞳の美男子だが、とても理屈っぽく変人と名高い。
「あ、ありがとうございました……! こ、怖くて足が震えて……」
シャルロットは震えから足がもつれた振りをして、テオドールに向かっていった。しかし、テオドールはサッと横に避けてしまい、シャルロットは勢い余って倒れ込む。
(まさか、避ける男がいるなんて……)
たとえわざとだとわかっていても、レディーが転ぶのをスルーするなんて紳士がすることではない。やはり、聞いていたとおり変人だと、シャルロットは冷たい床に手をつきながら思った。
「テオドール様、お手を貸してくれませんこと?」
シャルロットがテオドールに向かって手を伸ばすと、彼はその手を取らずに「それだ」と言った。
「なぜ、さわろうとする? シャルロット・ノイエ嬢。男の前でわざとコケてしなだれかかると噂されているが、見た限り君自身は嫌そうだ。自分の意思ではなければ、誰かの命令? 未婚の令嬢の立場ならばーー親か?」
「!」
「顔色が変わった。正解か」
「どうして……」
「そもそも『さわれ』という命令の意味は何だ?」
シャルロットの言葉を遮り、彼女が目に入っていないかのように、テオドールはブツブツと独り言を呟いている。
「結婚相手を探している? 対象に既婚者も含まれているからノーだ。シャルロット・ノイエ嬢がさわった貴族が、その後失脚したことが何度かある。因果関係を考えると、あり得ないがーーさわると隠している情報を読み取れるのか?」
テオドールの言葉にシャルロットは目を見開いて息を飲む。
(どうしてバレたのーー)
考えに耽っていたテオドールが、シャルロットの方を向く。
「正解か?」
何でも見抜く視線にシャルロットは頷く他なかった。
「人や物に触れると情報を読み取れる超能力、サイコメトリー。遠い国の文献で読んだことがあるが、本当に存在するのか」
(この力にはそんな名前があるのね……)
テオドールの呟きを聞いたシャルロットは静かに驚く。
「シャルロット・ノイエ嬢。その力を、私に貸してくれないか? 代わりに君を親の支配から自由にする」
「自由って……?」
「偽装結婚だ。最近、周りが結婚しろとうるさいのだが、地位目当ての女ばかりでうんざりしていたところだ。無論白い結婚だし、一般的な貴族の生活は保証する」
親の支配から自由になれるーー
「お受けいたします」
シャルロットはテオドールの目を見て、はっきりと答えた。
つづく
煌びやかな大広間には、着飾った淑女や紳士がシャンパングラスを片手に歓談をしている。こういったパーティーは貴族たちの社交の場だ。
「きゃっ」
甲高い声を上げたのは、ピンクブロンドの長い髪をゆるやかに巻き、淡いピンクと白のドレスを着た可憐な令嬢シャルロット。
ドレスの裾でも踏んだのか、バランスを崩したようだ。
「レディー、失礼。大丈夫ですかな?」
正面にいた髭の中年男性が、シャルロットを抱き止める。
彼女は大きな瞳をさらに大きく見開き、中年男性をじっと見つめる。
「すみませぇん、ありがとうございますぅ」
可愛い女性に上目遣いで礼を言われ、中年男性は鼻の下を伸ばしてにやけた。
一部始終を見ていたマダムたちが、ヒソヒソと話を始める。
「まーた《ドジっ娘 シャルロット》がよろけた振りして、殿方にしなだれかかっているわ。伯爵令嬢にあるまじき下品な振る舞いよ」
「若い男だけでなく40過ぎのボーナム男爵にもするなんて、男好きなのねぇ」
シャルロットは、助けてくれた中年男性ーーボーナム男爵に頭を下げた後、踵を返して大広間から出て行った。
その後ろ姿を、ボーナム男爵が名残惜しそうに見つめていることに気付かずに。
*****
(一体、どこにいるのかしら……)
あの後シャルロットは、ある人物を探して建物内をさまよっていた。
(人嫌いの変わり者と聞いているから、ひと気がない所にいるのかも?)
バルコニーに出て明かりが届かない端までチェックしたが、誰もいなかった。
もう少ししたら、パーティーはお開きになる。
(それまでに絶対に接触しなければ、またーー……)
シャルロットが焦っていると。
「シャルロット嬢」
背後から声をかけてきたのは、ボーナム男爵だった。
「こんなひと気のない暗がりに誘い込んで、いけない子だ」
「何を言って……」
「わざとコケて私の胸に飛び込んで来たのは、そっちだろう?」
戸惑っていると、ボーナム男爵に腕を掴まれた。強い力で振りほどけない。
「誰か……ッ!」
シャルロットは声を上げかけて考えた。
社交界で、
"わざとコケて男性に甘えるふしだらな令嬢"
"ドジっ娘シャルロット"
と非難されていることなんて知っている。
たとえ大広間に声が届いたとしても、自業自得だと嗤われそうで怖くなったのだ。シャルロットは声を上げることもできず、固まってしまった。
ボーナム男爵が下卑た顔を近付けて来ているのに、ただ震えることしかできない。
(誰か、助けてーー)
「ボーナム男爵は既婚者では?」
若い男性の声がして、ボーナム男爵もシャルロットもそちらを見た。
大広間からバルコニーに出て来たその人物は、逆光でよく見えないが、背が高い若い男性のようだ。
男性がかけているモノクル眼鏡がきらりと反射する。
「それに、シャルロット・ノイエ伯爵令嬢は、青い顔で涙を浮かべて震えている。どう見ても嫌がっていることに、なぜ気付かない?」
「なんだと! お前、失礼なーーグレイヴン公爵!?」
近付いて来た男性の顔を見て、ボーナム男爵が呻く。
グレイヴン家と言えば、知らない貴族はいない。今日のパーティーの主催であるフォラス公爵と親しく、王家とも関わりがある大貴族だ。
相手が格上とわかるとボーナム男爵はシャルロットの手を離し、すごすごと室内に戻っていった。
(助かった……怖かったけれど、目当ての人物に接触できたわ)
テオドール・グレイヴン公爵。
まだ23歳の若き当主は紺色の髪に切れ長の青い瞳の美男子だが、とても理屈っぽく変人と名高い。
「あ、ありがとうございました……! こ、怖くて足が震えて……」
シャルロットは震えから足がもつれた振りをして、テオドールに向かっていった。しかし、テオドールはサッと横に避けてしまい、シャルロットは勢い余って倒れ込む。
(まさか、避ける男がいるなんて……)
たとえわざとだとわかっていても、レディーが転ぶのをスルーするなんて紳士がすることではない。やはり、聞いていたとおり変人だと、シャルロットは冷たい床に手をつきながら思った。
「テオドール様、お手を貸してくれませんこと?」
シャルロットがテオドールに向かって手を伸ばすと、彼はその手を取らずに「それだ」と言った。
「なぜ、さわろうとする? シャルロット・ノイエ嬢。男の前でわざとコケてしなだれかかると噂されているが、見た限り君自身は嫌そうだ。自分の意思ではなければ、誰かの命令? 未婚の令嬢の立場ならばーー親か?」
「!」
「顔色が変わった。正解か」
「どうして……」
「そもそも『さわれ』という命令の意味は何だ?」
シャルロットの言葉を遮り、彼女が目に入っていないかのように、テオドールはブツブツと独り言を呟いている。
「結婚相手を探している? 対象に既婚者も含まれているからノーだ。シャルロット・ノイエ嬢がさわった貴族が、その後失脚したことが何度かある。因果関係を考えると、あり得ないがーーさわると隠している情報を読み取れるのか?」
テオドールの言葉にシャルロットは目を見開いて息を飲む。
(どうしてバレたのーー)
考えに耽っていたテオドールが、シャルロットの方を向く。
「正解か?」
何でも見抜く視線にシャルロットは頷く他なかった。
「人や物に触れると情報を読み取れる超能力、サイコメトリー。遠い国の文献で読んだことがあるが、本当に存在するのか」
(この力にはそんな名前があるのね……)
テオドールの呟きを聞いたシャルロットは静かに驚く。
「シャルロット・ノイエ嬢。その力を、私に貸してくれないか? 代わりに君を親の支配から自由にする」
「自由って……?」
「偽装結婚だ。最近、周りが結婚しろとうるさいのだが、地位目当ての女ばかりでうんざりしていたところだ。無論白い結婚だし、一般的な貴族の生活は保証する」
親の支配から自由になれるーー
「お受けいたします」
シャルロットはテオドールの目を見て、はっきりと答えた。
つづく

