これは私が望んだ復讐です
17話 シモンの提案
「い、いったい何をおっしゃっているのですか? からかっているのなら――」
「からかってなど、いない」
「ですが……」
シモン様の胸を押し返す私に、彼は怒るでもなく、むしろ優しい瞳で見つめている。朝日に照らされた彼の金色の髪はキラキラと光り輝き、透き通るような青い瞳の奥には好奇心が見え隠れしている。
(この態度、からかってるようにしか思えないのだけど……)
「ほらほら、そんな顔をしないでくれよ。私は本当に真剣な話をしに来たのだから」
無意識に顔の口角が下がり、素の表情が出ているのに気づく。いつもこうだ。シモン様と話していると、つい令嬢としての仮面が取れて喜怒哀楽を知られてしまう。
「君は昨夜、オーエンと婚約破棄をしただろう? 書類上はまだだが王宮を出ているし、いずれそうなる。それになぜか妹のシャルロット嬢が黒いヴェールをかぶって、王宮の君の部屋にいるようだしね」
シモン様はクスッと笑うと、私の手を引き、椅子に座らせる。普段の彼はもう少し王族の雰囲気を隠しているのだが、今日はなぜか大国カリエントの第一王子の振る舞いだ。人を跪かせる威圧感がある。
(まるで陛下と話をしてるみたいだわ……)
「そして、君は叔母の屋敷に身を寄せている。昨夜の君は口がうまかったね。あんなこと普段は言わないのに、演技をして王宮から逃げ出した。まあ、最後はさすがに助けに行こうかと思ったけど、まだ時期尚早かと思って止めたけど」
「最後……ですか? ああ! あれですか! オーエン様とのやりとりを見ていたのですか? それにどこまで知っているのです? 誰がいったい――」
「ちょ、ちょっと待ってよ。この話の出処は言えるわけないだろう? 国際問題になるし、それに今の君はそんな国家間の秘密に首を突っ込みたくはないはずだ」
「それはそうですけど……」
余裕の笑みで私をなだめるシモン様は、お茶を一口飲むと「そんなことより本題だ」と言って、私のほうに身を乗り出した。
「それで? カリエントの王妃になりたくないの?」
「なりたくありません!」
即答どころか、やや食い気味に返事をした。それでもシモン様は私のその態度も想定内といった様子で、ニコニコして首をかしげている。
「え~? どうしてなんだい? あいつらを見返すチャンスじゃないか? スカーレットだって自分を利用したやつらに仕返ししたいと思ってるんだろう?」
本当にこの人はどこまでお見通しなのだろうか? 私の心の中までしっかりと把握していて、思わずシモン様をジロリと睨んでしまう。そんな私を見て彼はクツクツと笑っていて、この人に取り繕うだけ無駄みたいだ。
(もういいわ! それなら、とことん素の私に戻ってしまおう!)
私はフンと鼻息を荒くすると、シモン様に向けて人差し指を立てた。
「まず第一に、先ほども言いましたが国家間の問題に巻き込まれる立場はもう嫌です。わたくしがカリエントの王妃になったら、それこそ国を挙げて大騒ぎになります。それに父を喜ばすこともしたくありません!」
さっき言ったなかでは、特に父が喜ぶことが一番腹立たしい。「よくやった」と褒める言葉すら聞きたくない。私はそんな未来の父の姿を消すように頭を左右に振ると、今度は二本の指をシモン様に突きつけた。
「次に二つ目の理由です! カリエントの王妃になるというのは、つまり……あなたと結婚するということですよね?」
「そうだよ? それが?」
「あなたには婚約者がいらっしゃるでしょう? わたくしは誰かを傷つける未来などいりませんわ! それに……」
「それに?」
シモン様の目からは、からかうような動きが消えた。真剣に私の話を聞き、見つめている。私は立ち上がると自分の腰に手を置き、高飛車な態度で彼を見下ろした。
「わたくしは自分が利用される生き方はもう選びません! ですから、同じ様に善良な誰かを利用する生き方もしたくはありませんの! 結婚はお断りいたします!」
(こんな無価値の私を王妃にしようと思うのは、なにか意図があるのでしょうけど。それでも私を救うという理由もあるはずだ。その気持ちを利用して、あの人たちに復讐したって意味がないわ!)
宣言するようにプロポーズを断った私を、シモン様は目を丸くして見ている。まあ、そうだろう。嘘か本当かわからないけど、大国の王妃になれるかもしれないのだ。そのチャンスを逃したいと思う貴族令嬢は少ない。
言うだけ言って私が椅子に座ると、シモン様は私に失望したような顔で首を振り、口を開いた。
「スカーレット、そんな甘い考えでは逃げられたとしても、すぐに捕まってしまうよ。そして王族と教会に利用されるだけの人生に戻る。いや、もっとひどいかもね。逃げた者に対して容赦するヤツなどいない」
「……どういうことですか?」
ぞっとするような低い声。さっきまでは陛下と話してるみたいだなんて思っていたけれど、この威圧感はそんなものじゃない。シモン様はスッと音もなく立ち上がると、私の椅子の肘掛けに座った。
「君はとてつもない力を持った聖女なんだよ。それこそこの国を出た瞬間に、各国が攫おうとするくらいのね」
シモン様の手が私の髪を、ゆっくりとすいていく。優しくさわる指先が、よけいにぞっと背中を冷たくさせた。