これは私が望んだ復讐です

27話 追い詰めるシモン様

 
 この国で契約に使うサインには、必ずインクに血を混ぜないといけない。もちろん登録済みのサインにも同じように血が入っているので、本人のものか判別できるようになっている。


 それに本来、こういった重要な契約には立会人がいたはず。それなのにこの書類には、その名前が無いという。代わりにあるのは陛下の名前だけ。ならおのずと、誰が父の協力者だったかわかるというものだ。


(まさか陛下と父が協力して、私から当主の座を奪っていたとは思わなかったわ……)


 今まで私が聞かされていたのは、父が侯爵家の当主だということ。だから自然と私を産んですぐに亡くなった母は、父のところに嫁いだのだと思っていた。


 叔母様は私が幼い頃に結婚したけれど、あまり裕福ではない伯爵家に嫁いでいる。かなり高齢の夫であまり幸せな結婚でなかったからか、話したがらなかったけど……。きっと叔母様の婚姻にも、父は何かしたはずだ。


 私は湧き上がる悔しさを抑え込むように、重ねる手に爪を立てる。食い込んだ皮膚はズキズキするけど、心のほうがもっとつらい。するとシモン様が痛む手を優しくさすり、私はハッとして顔を上げた。


「結果が出たようだよ」


 サイン判別の魔道具の針が、カチリと音を立て動いた。予想どおり針の先は「無効」の文字を指し、シモン様はその魔道具を二人に見せつけるように掲げる。


「どうですか? この書類のサインと登録してあるものでは、一致しませんね。では今度は陛下と侯爵のサインが一致するか、調べてみましょう」


 ニヤリと笑ってシモン様がそう言うと、二人の顔には焦りの色が濃くなっていく。そしてすぐに魔道具は、書類にある二人のサインが登録と一緒だと示した。


 その結果にシモン様は首をかしげ、大げさに眉を上げる。


「これはこれは! 陛下自らが書類を偽造し、一人の子供から当主の座を奪っていたとは! これはかなり重い犯罪になりますね」


 シモン様の極上の笑みは、陛下の顔を歪ますのに十分だった。反論することもできない彼は、苦々しい顔で唇を噛みうつむいている。すると突然、顔を赤くした父がシモン様を指差し、証拠になる書類を奪い取ろうとした。


「どちらにしたって、私が死ねばスカーレットに譲られるのだ! 領地経営もできない子供に権利があっても意味がない! だから私は――」


 飛びかかろうとする父の腕を、シモン様はあっという間にひねり上げる。部屋には父の悲鳴が響き、周囲は唖然とした表情で二人を見ていた。


「ぐわあ! い、痛いっ! 離してくれ!」


 父を見下ろすシモン様の瞳は冷たい。きっと止めてくれと叫ぶ声も、耳に届いていないだろう。いつもにこやかな彼の冷酷な顔に、妹のシャルロットはカタカタと震えていた。


「私が死ねば……ですか。本当にあなたは往生際が悪いですね。宰相殿! もう一枚の書類をここに」
「は、はい!」


 シモン様はそう言うと掴んでいた父の腕を離し、宰相様に手を差し出した。もうこの場を仕切っているのが、隣国の王子だということに誰も違和感を覚えなくなっている。陛下も暗い表情で黙り込み、誰もがシモン様の言動に注目していた。


「侯爵! あなたはさきほど『私が死ねばスカーレットに当主の座が譲られる』と言いましたね?」
「あ、ああ、そうです……」


 痛む腕をさすりながら、父はうなずいた。しかし途中で気づいたのだろう。一気に顔が青くなり、オロオロと陛下のほうを見ている。そのあまりにも愚かな態度に、じっと見守るつもりだった私まで鼻で笑ってしまった。


「侯爵。あなたは愛人の子であるシャルロットに当主の座を譲りたいがため、勝手にスカーレットを侯爵家の籍から抜きましたね」


 宰相様が差し出した一枚の紙を受け取ると、シモン様はその紙を指でピンと弾いた。


「これが貴族籍を記載してある書類です。スカーレットは十歳の時に侯爵家の籍から抜け、平民になっている。そして――」


 カツカツと靴音を鳴らし、シモン様は暗い顔でうつむく陛下の前に立った。


「陛下。ここにもあなたのサインがありますね」


 しんと静まり返った部屋に響くその言葉を、二人は青白い顔で聞いていた。
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