棒付きキャンディと、秘密の文字
 先生の声は右から左へ抜けていく。その合間に、私はちらりと貴生(たかお)の席に目をやった。彼は真剣な顔で教科書を読んでいる。その横顔を見ただけで、胸の奥が小さく跳ねて息が詰まる。

 貴生とは、いわゆる「公認のカップル」だった。私たちにそのつもりはなくても、クラスメイトはみんなお見通し。私が貴生に片思いしていることも、貴生が私を意識していることも。

美涼(みすず)と貴生って、いつ付き合うの?」

 そんな冗談を言われるたび、私は照れ隠しで「べ、別にっ!」と返す。貴生も「うるせえ!」と仏頂面で言うけれど、その耳が赤くなっていることを私は知っていた。

 この曖昧さが、心地よくて怖かった。壊してしまうくらいなら、このままでもいい。少なくとも私には、告白する勇気なんてなかった。

 そんな曖昧なままの日々の中で迎えた誕生日。
 その日が、私にとって特別な「思い出」になるなんて、この時はまだ知らなかった。


 ***


 朝学校に着くと、席の前で二人の親友・由香(ゆか)真由美(まゆみ)が待っていた。

「美涼、誕生日おめでとう!」

 二人は声を揃えて、小さなプレゼントの袋を差し出してくれる。
 私は胸を弾ませながら、まず最初に由香の袋を開けた。中から出てきたのは、小さなクマのキーホルダー。

「わあ、可愛い! ありがとう!」

 思わず頬が緩み、その場でカバンにつけて二人に見せた。

 次に真由美の袋を開けると、中にはずっと欲しかった限定色のリップクリームが入っていた。

「これ……欲しかったやつ! 嬉しい!」

 声が裏返るほど喜ぶ私を見て、二人は満足そうに顔を見合わせた。

 最高の誕生日――そう思っていた、その時だった。

 ガラガラ、と教室の扉が勢いよく開いた。

「やっべ、遅刻ギリギリ!」

 息を切らせて滑り込んできたのは貴生だった。いつもならそのまま自分の席に向かうはずなのに、その日は違った。彼はまっすぐ私の席へやってくる。

「おはよう。どうしたの?」

 問いかけに答えず、貴生は無言で紙袋を逆さにした。
 ばらばらと棒付きキャンディが机いっぱいに散らばっていく。

「え? なにこれ?」

 思わず目を丸くする私に、貴生はバツが悪そうに顔を歪めた。

「……お前さ、誕生日ならもっと前もって言えよな!」
「えっ……」

 どうして? 私の誕生日なんて、誰にも言ってないのに。

「何も知らなかったから、今月の小遣い使っちまってさ。こんなのしか用意できなかったんだよ!」

 ああ――たぶん昨日、由香か真由美が教えてくれたんだ。
 ちらりと見ると、二人はニヤニヤしながら成り行きを見守っている。クラスメイトたちもひそひそと囁きながら、面白そうにこちらを眺めていた。

 その視線が、なんだか気恥ずかしい。散らばったキャンディを前に、私は視線を逸らして小さくつぶやいた。

「あ、ありがと……」

 すると貴生は、まるでその言葉を待っていたかのように得意げな顔をする。

「ちゃんと一人で食えよ! 絶対、人にあげたりするんじゃねーぞ!」

 こんなに沢山あるのに、一人で……? 内心呆れつつも、大切なプレゼントだ。腐るものでもないし、時間をかけて食べよう。そう思いながら「わかった……」と答えると、貴生はさらに無茶を言った。

「今日中に全部食えよ!」
「はあ!? できるわけないでしょ! どれだけあると思ってんのよ!」

 思わず声を荒げた私に、貴生はニヤリと笑う。

「うるせーな。美涼の食欲なら余裕だろ」
「そんなわけ……」

 言い返そうとした、その瞬間。
 ガラガラ、と教室の扉が再び開き、先生が入ってきた。
 ……タイミング悪すぎ!
 先生の鋭い視線に射抜かれて、私と貴生は慌てて散らばったキャンディをかき集めた。貴生はバツが悪そうに肩をすくめながら、自分の席へ戻っていった。

< 1 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop