思い出じゃないクロックムッシュ
──母が亡くなって一週間が経つけど、まだ落ち着かない。だから、すぐに家には帰りたくなくて、目に留まったクロックムッシュにすがりつくような形になった。
しばらくして、注文したクロックムッシュが運ばれてきた。
見た目は食パンにチーズを乗せて焼いたものに思えるが、実際はハムとチーズをはさんだパンをフライパンで焼いたもので、かけられているのはチーズではなく、ベシャメルソースやモルネーソースなどのホワイトソースだ。
クロックムッシュの発祥は一九一〇年ごろのフランスで、オペラ座の近くのカフェで提供されたのが始まりらしい。
croque-monsieur(クロックムッシュ)を直訳すると「カリッとした紳士」という意味だ。名前の由来は諸説あって、その一つがトーストを食べるときの音たそうだ。「monsieur(紳士)」といわれているように、食べるときに音がするため、男性の食べ物とされていたという説がある。
そういえば、クロックムッシュに似た「クロックマダム」という料理があるなあ……とスマートフォンを手にする。
クロックムッシュに目玉焼きを乗せたもので、マダムとはフランス語で「淑女」を意味する。名前の由来に、目玉焼きが女性がかぶる帽子に似ていることからだという一説があり、クロックムッシュは手で掴んで食べ、クロックマダムはナイフとフォークを使って食べるという違いもあるそうだが、今ではどちらもナイフとフォークを使用する。
運ばれてきたクロックムッシュは、ワンプレートでサラダとデザートがまとめられていた。
パン屋さんでは何度か買って食べたような気がするけれど、こんな風にお店で食べるのは初めてだから、妙に緊張する。
フォークを手にして、サラダを口に運ぶ。さわやかなドレッシングが、フレッシュな野菜の味を引き立たせていた。
次に、ナイフを掴みクロックムッシュの端に刃を立てると、チーズがとろりとはみ出した。口に含んでゆっくりと味わう。まだハムにはたどり着いていないが、ホワイトソースとチーズがパンによく馴染んでいてとても美味しい。
サンドイッチ用の食パンだろうか。二枚重ねられた間に、チーズとハムが挟んである。ナイフをたてるたびにチーズがあふれて、のぼる香りが食欲を増大させていく。
そういえば、母は好き嫌いがなかったなとふと思い出す。外出も面倒がって、父方の実家に帰省以外の遠出はあんまり記憶に無い。常にのんびりした人だった。