【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

第16話

玄関で御堂が差し出した婚姻届は、一通で足りた。

書き損じを想定して用意されていた残り二通は、「修正率が想定以下で助かりました」という真顔のコメントとともに回収された。

その後、私が引っ越す予定だった駅前のワンルームから、電気、ガス、水道、ネット回線まで、ありとあらゆる契約解除の手続きを引き受けてくれた。
恋愛周り以外が異様に強いの、どう考えても異常だと思う。

それでも私は、予定どおり御堂が見つけてくれていた医療系ウェブ媒体の編集部に就職した。
住民票の私は久遠梨音になったけれど、誌面の署名は桐生梨音のままだ。
どちらも今の私だと思えたのは、たぶん、怜央が「書くときの君まで変える必要はない」と言ってくれたからだ。

事故の夜。
契約で始まった結婚生活。
本物の婚姻届。
そして、その先。

記憶の続きみたいに始まった新しい毎日の中で、私はようやくもう一度、記事を書く仕事へ戻ってきた。
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