星の見えない夜に、誰を救う。

CASE1 欠陥建築

松之原タワー 47階 パーティー会場 14:59
 再び47階へ戻った幸人はメモを見ながらさっきまで起きた事態を整理する。まず約1時間前に親友の英介の結婚式に参列し、チャペルの最中に停電が起きた。そして確か故障したエレベーターが…あれ?何があったんだっけな?故障したまでは書いているが後は書き殴りで汚く、自分で書いたのに読めない。
「まぁいっか…飲みすぎたか…?」
 昔から忘れっぽいことを自覚していたがまさか29歳で若年性の認知症か?だが実際ありえないことではなく、20代や30代でもアルコールを摂りすぎた結果認知症になってしまうこともある。29歳でこのザマは流石に笑えない…それより1時間ほど前に停電が起こって突然ビルが揺れたんだ。まだ47階にはタワーの関係者がいるのかもしれない。
「あんた!これは立派な違法建築だわ!」
「何を仰るんですか!?手抜き工事なんてしてませんよ!」
 何だ揉め事か?だが手抜き工事と確かに聞こえた。
「何揉めてんだ?」
「何なのあんた?」
「万里江田警察署の奥田だ」
「警察か。だったらこいつを逮捕しなさい」
「何をやらかしたんだ?ってあんたは臨海フロンティアの社長か?」
「知ってるなら話は早いわ」
「聞かせてもらおうか?その手抜き工事とか何やらをな…」
 言い争っていた初老の女性と40代くらいの男性。男性の方はニュースで見たことがある顔で臨海フロンティアという建築設計事務所の社長、栗原正明(43)。相当なやり手だと聞く。そして初老の女性は松之原タワーのオーナー、松原朋子(66)。
「私はこのタワーを作るのに50億も費やしたのよ!」
「50億…なのによく揺れちゃうんだな?」
「それもこの男の事務所が手抜き工事をしたせいよ!ホテルの客室が燃えてるってのにスプリンクラーが動かない…工事費ケチったのよ!」
 彼はメモに2人の会話や手抜き工事の内容など、聞いた話を細部まで書き記す。臨海フロンティアはテレビで取り上げられるくらい有名だが今やネットも充実している世の中だ。手抜き工事の噂は実況系チャンネルで見たことがある。すると彼がオーナーよりも先に口を開き
「お前…このビル資金をピンハネしているだろ?」
「何を仰るんですか!?そんなわけないじゃないですかぁ…!」
「だとしてもその腕時計にスーツ。羽振り良いしな…(防災システムの不具合が原因なら脅威は火災だけじゃない)」
 彼が目を閉じて考えようとした途端…!
 ゴゴゴ…!ドォォン…!
「な…何よ…!?」
「またか…!?」
 最初の揺れよりも激しい揺れだ。足の裏から衝撃波を感じるほどの振動には流石の彼も目を閉じていつものように考えごとはできない。
「オーナーさん!このビルの設計図はあるか?」
「あるけど何を見るのよ…?」
「データを送れるか?今から電話番号言うから」
 オーナーは彼の電話番号を口頭で聞いてショートメッセージに設計図のPDFを送った。これで各階の施設がわかる。自分の中で確認できているビル内の人間の中にオーナーと成金社長は結婚式にいなかった。ということは現状15名か。いざというときは自分自身もよくわかっていないあの"能力"を使っちゃおうか…
 ドンッ…!ズガァン!!ボオォ…!
 遂に今まさにいるパーティー会場で火災が発生!こんな短時間で燃え広がるのは手抜き工事のレベルではない。
「あ…あいつは…!?」
 どさくさに紛れて逃げたか…たく建ててしまっても火事になってしまえば自分は無関係と言い張るつもりか。
「取り敢えずあんたを安全な所に避難させる…」
 メモには上層階に梯子車を付けることはできないが、窓からならヘリコプターに乗った高所救助隊がロープで助けることもできるという。
「待って!私には3人の孫がいるの!」
「何…まさかこのビルの中に!?」
「まだ小学生だし下の子は保育園なのよ!携帯なんか持ってないし…助けに行かないと!」
 ドガーン…!ボオォ…!
「危ない!」
「ワァッ…!?」
 スプリンクラーは全く動かないし排煙装置も動かない。このままなら高温で焼かれる他に煙を吸い続ければ肺にかなりのダメージを与える。
「口と鼻を抑えて!息継ぎしながら行くぞ…」
 俺のよくわからない力ってのは何故か目を閉じて耳に手を当てないと効果がない。それに止まっていなければ使えないため猛スピードで燃え広がる炎の中では無理だ。だがこのとき既に、タワー全壊のカウントダウンが始まっていた…

・12月24日 15:10 タワー崩壊まで8時間50分

松之原タワー 5階 フードコート 14:59
 ボオォ…!
「火元はここか…?」
 フードコート内はほぼ全焼に近い。おそらく厨房のガスから爆発して油などに引火し、そのまま燃え広がったとしか考えられない。
 ザッ…
「こちら原田!聞こえますか小隊長?」
「こちら稲田!」
「思った通りでした。やはり火元は5階のフードコートからでした…」
「フードコートか…キッチン用品がドカン!といったのか」
「それより…今どちらにいますか?」
「俺は47階の会場だ。結婚式やってたのを思い出してな、まだ人がいるかもしれん」
「わかりました…気を付けてください…!」
 ザッ…

松之原タワー 47階 結婚式場 15:18
 彼は炎の中歩きながらどこまで行けばいいかを考えていた。タワーの構造は頭の中に入っている…あとは自分の直感を信じるだけ。
「何…?足の踏み場なしかよ…」
 向かおうとした先はまるで炎の鉄壁。このままじゃ進めない。
「手抜き工事の件は私の責任でもあるけど、唯一対策グッズだけは抜かりなく置かせたのよ」
「本当に?」
「あそこにホースが置いてある!」
「まだ運は尽きてねぇか…」
 ホースの使い方はわかっている。強度は十分…彼はそのまま炎に向けて水を放出。すると
 シュウゥ…
 オーナーによるとホースは各階の数箇所に配置されているようだ。これなら捜索がスムーズにいくかもしれない。それでもただ単に燃えている炎だけでなく、蛇のように床を移動する走火や竜巻のようにグルグルと回る火災旋風が会場を包む。
「あっちぃ~な…」
 火災旋風なら自分から近付かない限り引火することはないが、いつ何に飛び火するかわからない。可能な限り走火になりそうな炎を次々と消火する。
「これで行けるか?」
「ええ…」
 彼は火災現場においては素人のはずだが、まるで経験者のように素早い行動で松原は一切火傷を負うことなく歩む。それでも高温の煙を吸いすぎてしまっている。
「立てるか?」
「ちょっと休ませて…ゴホッ…ゴホッ…!」
 火災旋風の飛び火でせっかく消火した炎が再び復活している。
「掴まってろ…」
 松原を肩に担いで行くしかない。図面通りならもう少し先へ進むと非常階段があり、すぐ傍には貨物用エレベーターも設置されている。起きた出来事を本当ならメモしたいが極限状態なら余裕はない。
 バキバキ…ズゴン…!
「ハッ…!」
「嘘でしょ…!?」
 何と天井が崩れ落ちた!上の階は撮影スタジオになっていて撮影するためのカメラの他照明器具などが置かれている。天井と共に道具が障害物と化す。
「ここは走り抜けるしかないか…少し火に当たっちまうかもしれないが我慢しろ…」
 彼は脚に引火しても一切立ち止まることなく走り抜ける!
 バチバチ…
 炎がカーテンを焼き尽くす。高温地獄を走り抜けて辿り着いた先には
 シュバァ…!
「こっちだ!早く!」
 行く手を阻む炎を消火する消防士がレスキューポイントに誘導する。
「大丈夫かっ!?ってあんたさっきのツンツン野郎だよな?」
 彼らを保護してくれたのは小隊長の稲田将佑だった。しかし…
「ツンツン野郎?ってかあんなどこかで会ったのか?」
「何…?」
 数分前に会っているのに何故か顔も知らない素振りに驚きを隠せない。
「まさか…覚えてないのか?」
 彼は首を傾げたまま
「わりぃ…」
 普段なら冷静に憎まれ口を叩いたりするのだが、自分には記憶がない状態で相手側に知っているようにされてしまえば軽く謝るしかできない。将佑は何か察したのか
「稲田将佑だ。あんたは奥田幸人だろ?」
「何で知ってんだよ?気持ち悪ぃな…」
「……そうか…じゃあ、この人の名前は何だ?」
「この人はビルのオーナーの松原朋子さんだろ?」
 将佑の名前は覚えていなくてオーナーの名前は覚えている。この男何か事情がありそうだな…そもそも何の目的でビルの中に留まっているのだろうか?
「あんたは何しにここに来たんだ?」
「何しに…確か…」
 彼は質問に対してわざわざメモ帳を開いた。数ページめくると
「このビルの爆発とご覧の通りの火災…間違いなく犯人はこのビルの中から爆弾を仕掛けて爆発させたんだ」
「爆弾だと…!」
「どういうことよ…!?何で私のビルなんか爆破するのよ…!?」
「落ち着け…!何でそう思ってんだ?確かに単なる爆発ではないことはわかるが、何の目的だ?」
「この松之原タワー、橋と臨海に隣接しているだろ?もし橋…海に倒れたらどうなると思う?」
 そう。彼の言う通り松之原タワーは港区に位置しているが、その傍に港南アイランドブリッジがあり、さらに臨海に建てられている高層ビル。ビルは勿論どの建物にも言えることだが、炎上したビルが海へ真っ逆さまに倒壊したら…
「環境破壊…」
「そうだ…犯人が何の目的でやってんのかはわからないが、考えられるとしたらこのオーナーさんに恨みを持つ何者かが、評判を落とすために仕組んだ…とは考えられるか?」
 もし彼の言っていることが正しければこの東京、いやこの国に関わる未曾有の危機だ。本当に海へ倒壊してしまったら環境の回復は短くても数十年は要する。
「けどな…俺には考えがある」
「何だ…」
「それはなぁ…あえて爆弾…」
 ゴゴゴ…スガァン…!
「チッ!?何箇所仕掛けられてんだ…!」
「さぁな…!それよりあんたの名前稲田将佑だったか!?覚えておくよ…!」
 彼は稲田将佑と名前をメモした。その下には消防士であることや特徴など。
「悪いがオーナーさんを頼む!俺はまだやらなきゃいけないことあるんでね!」
「都合良くなったら任せるってクチか…まあいい…取り敢えず任せておけ!」

松原朋子(66) 救助

 ダン…!
松之原タワー 45階 バー・酒場エリア 16:11
 あちこち床や天井が崩れ落ちているせいで階段を使わなくても飛び降りれば下の階に行けてしまう有様。2時間あまりでこれだけビルがダメージを受けているとなれば持ってどれくらいだろうか?確認できるだけでさっきまでは13人だったが、臨海フロンティアの社長入れて14人。それに松原の孫を合わせるとあと17人になる。その中に元妻の陽菜もいるはずだが、47階にはいなかった。どこへ行ってしまったんだ?
 ボオォ…
「マズイな…」
 酒場エリアには度数の高い酒ばかりが置かれている。ウイスキーにでも引火したら爆発する。
 シュバァ…!
 被害を最小限にするために45階は完全に消火させておく必要がありそうだ。彼が火を消している最中
 ブーブー…
「…?もしもし?」
「稲田だ。奥田幸人の携帯で間違いないか?」
「そうだが…何で番号知ってんだよ?」
「あんたのメモ帳の裏に番号書いてあった。それより今どこだ?」
 時々自分の携帯番号すら忘れてしまいそうだと思った彼はメモ帳の裏に堂々と番号を書いていた。あの将佑って奴、わざわざ暗記していたのか?
「全く気持ち悪ぃな…俺は45階にいるよ」
「全く足が速い奴だ…それより今から大事なことを言わなきゃなんねぇ」
「大事なこと?」
 彼は肩で携帯を固定するとメモ帳を取り出した。
「オーナーから聞いた話だけどな、今ビルにいるのはそこまで多くないみたいなんだ」
 松之原タワーはグランドオープンして1ヶ月ちょっとだが、まだ建設中の階もあるため一般客は招いていないらしく、タワーの関係者がいるくらいだという。それでも20人には登る。地上49階の高層ビルの中で、被災者を助け出すのに消防の連中だけで回るのだろうか?
「孫のこと話していなかったか?」
「ああ話してた。客室を使わせてたらしいんだが今のところ見付かっていない…」
「孫は3人いると言っていた。それぞれバラバラの場所にいるなら厄介だな…」
「話を聞いてみたら上の子が大の本好きみたいなんだ。俺もいまから図書館(19階)に向かう」
「ならば俺も向かう」
「あんたが?」
「オーナーの孫は本好き…よし、充電勿体ねぇからそろそ…」
「あ…?」
 バチバチ…
 メモを取ることに気を取られて炎がウイスキーの樽に引火してしまう…
「悪い切るぞ…!」
 バチバチ…!ドガァーン!
「ウワッ…!」
 ズドン…!ドサッ…!
 吹き飛ばされた身体は熱された壁に直撃した。爆風に巻き込まれる前に受け身を取っていたため、頭からの直撃は免れた。
「やってくれんなぁ…!」
 45階は一通り捜索したが被災者はいなかった。早いとこここは後にしよう。彼はメモを見てこれまでの出来事のおさらいを済ませると、非常階段で下の階へ降りていく。ここなら余裕があると思い、ほんの5秒だけ目を閉じて耳に手を当てた。本来なら19階へそのまま降りるはずだが、彼は28階のオフィスフロアに留まった。彼が漠然と確信したこと、オフィスフロアには必ず誰かがいる!

・松原朋子の救出により現在タワーにいる人物は確認済と証言合わせ残り17人。
・12月24日 16:44 タワー崩壊まで7時間16分
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