親愛なる旦那様、妻の役目は世継ぎを設けるだけと聞いておりましたが~虐げられ才女の幸せな結婚~2
(うそ)、嘘、これって夢ではないのよね……!?)

「……っ、そ、それは国を挙げてのプロジェクトですよね……? 女性の私がそんな大役を担ってもよろしいのですか……?」

 つい半年前、私がグレン様に見出されるまで、魔法薬師という職業は完全な男性社会だった。いまだに女性がその職業に就くことをよしとしない者もいると聞く。

(それなのに、本当に私が参加してもいいのかしら……?)

「クロエは昇級試験を受けていまや一級魔法薬師だ。プロジェクトに選ばれるのは当然だよ」

 曇りのない瞳で断言してくれたのは、グレン様だった。彼の心強い言葉は魔法のようで、それだけで不安が霧散するから不思議だ。
 ヘリオス陛下からも後押しされる。

「お前の実力は折り紙つきだからな。だが気負う必要はない。皇宮の魔法薬師課からも、数名の優秀な魔法薬師を選定している。協力して作業に当たってくれ。それにお前の夫……グレンにはかの国への道中の警護を頼んである。必要とあらば、蘇りの薬の古文書の欠損部分を、ロクサーヌの騎士団と協力してイルリク山脈へ回収に向かってもらう予定だ」

 私は隣にかけたグレン様を仰ぎ見る。彼は渋い茶を飲んだような表情を浮かべつつも(うなず)いた。それは肯定を示していたが、一体何故グレン様が苦い顔をしているのか理由が思い浮かばず、私は頭に疑問符を浮かべる。

(そういえば、今日はずっと浮かない表情をなさっているような……)

 だが今は、それについて深く考えを巡らせられなかった。何せ、膨らんだ期待で空まで飛んでいけそうなほど興奮しているからだ。

(夢みたい。古文書の石板と(にら)めっこをして、魔法薬を復元できるだけで幸せだったのに……まさか夢見ていた職業に就いたばかりか、貴重な機会を得られるなんて……!)

 こんな幸運が、自分の身に訪れてもいいのだろうか。

「……っ行きます。私、ロクサーヌに。どうか参加させてください」

 高らかに宣言をする。初めて魔法薬の復元に成功した時に似た高揚感を覚えながら、私は隣国の地に思いを()せた。



 上機嫌のヘリオス陛下を門の前まで見送り、玄関ホールに戻る。その間ずっと、グレン様は国で一番と称される美しい顔をしかめていた。

「グレン様……? ロクサーヌの件、もし乗り気でないのなら、お断りしてはいかがですか?」

 グレン様はヘリオス陛下が話しだしてから、ずっとこの調子だ。

 私に腹を立てている素振りはないので、おそらくヘリオス陛下の命令が原因だろう。夫は何らかの理由で、隣国には行きたくないのかもしれない。そう推測した私は、そっと提案した。

 皇帝陛下直々の命令を断るのは難しいだろうが、グレン様はヘリオス陛下のお気に入りだ。気の置けない友人のように語り合う様子も何度か目にしたことがある。だから多少の()(まま)は許される間柄だと思うのだけれど……。

「陛下の命だ、お受けする。ただ、俺は……クロエとの二人きりの時間が減ることが惜しいだけだよ。視察に出る前に、約束しただろう。子供を作ろうって」

「……!」

 そういえば、グレン様の仕事が落ちついたタイミングで妊活に励もうと二人で決めていたのだった。義務として子供を産むのは寂しいことだけれど、二人が望んだ末に子を宿せたら、何にも代えがたいほど幸せだと考えたからだ。

「……クロエが一級魔法薬師になって、俺の任務も落ちついたら。そう思って先延ばしにしていたことが、ようやく叶えられるかと思って……少し期待していたんだ。愛する貴女と、この国で穏やかな家庭を築く未来を」

 グレン様の寂しげな横顔を目にし、胸がキュウと痛む。しかし私の表情が曇ったことに気付いた優しい彼は、すぐに取り繕った。

「……なんて、すまない。()(せつ)なことを言ったな。忘れてくれ。魔法薬師としての名誉を長年、下劣な元婚約者に奪われてきた貴女だ。夢にまで見た機会だろう。クロエを欲している俺としては寂しいが、最愛の妻が活躍できる場を得られたことは(うれ)しいんだ。嘘じゃない」

「グレン様……」

「全力でクロエを応援する」

「……ありがとうございます」

 グレン様の言葉に嘘や偽りはないのだろう。きっと彼は惜しみなく力を貸してくれるだろうし、ヘリオス陛下の命もしっかりとこなすに違いない。

(ああ、でも……)

「あの、私……大役を与えられて、とても嬉しいんです。でも、グレン様と二人で過ごす機会が減るのは、私も寂しくて。だから」
 私はグレン様の袖口を引っ張り、勇気を振り絞って(ささや)く。

「この任務が終わったら、今度こそ……その、グレン様と沢山一緒にいたいです。二人きりで」

 魔法薬師としての役目を全うできたら、今度は夫婦の時間を大切にしたい。そして、いずれは二人きりではなく、そこに愛しい我が子が加わればいい。そんな理想を描き、私はグレン様を一心に見上げる。

 私の思いが伝わったのか、熱の籠もった(そう)(ぼう)を向けられた彼は、片手で顔を覆う。指の隙間からため息が聞こえたので、一瞬呆(あき)れられたかもしれないと不安を覚えたけれど、グレン様から発せられたのは……、

「……愛しくてどうにかなりそうだ」

 という、焦がれたような声だった。

「陛下の命、二人で頑張ろう。クロエ」

「はい! 絶対にやりきってみせましょうね」

 かつて卑屈だった過去が嘘のように、私はにこやかに同意する。すると、グレン様は桃花眼を柔らかく細め、頭頂部にキスを贈ってくれた。



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