悪役と一線超えてから転生に気付いたんですがどうしましょう…?

メインストーリーが始まる。

私の知らぬところで、聖女が誕生していた頃――

私は毒に苦しんでいた。



「これが神経毒というものです、わずかな量でも神経毒は全身に広がりやすく、

 痺れは持続性が高いのが特徴です。」



侍女が説明するのをぴくぴくしながら聞く今の私の姿は相当滑稽に違いないのだが、この家の使用人達は誰一人笑わない。

優しい微笑みを張り付けたまま、皆一様に表情を崩さない。

この人たちが表情やまとっている雰囲気を崩すのはいつもアルの話題でだけだ。



(こんな環境ではあるけど、アルは愛されているみたいね。)



自分のように、商品や跡取りとしてしか見られていないのではないかと、少し不安だった。

けれど、ここの使用人たちは違った。アルを、きちんと愛情を込めて見守ってきたらしい。



(そりゃこんな過酷な訓練を10歳そこらで受けさせられていたんだもの…、

 優しさも愛情も無かったら気が狂ってるわ。)



実際は自分の存在がアルの支えだったとは露知らず、うんうん。と頭の中で頷いた。

現実の身体は今、全く動かせそうにない。



「お嬢様には大変申し訳ありませんが、毎日こちらのお茶を飲んで、

 今使ったのと同じ量を飲んでも手足が動かせる様になっていただきます。」



(容赦無いな⁉)



多分彼女たちもこの訓練を繰り返してきてここにいるのだから反論はしない。

試し飲みする前に説明された毒草の混ざった「お茶」は、色にも香りにもほぼ違いがない紅茶(風)。

毎日少しずつ摂取して体を慣らしていくのだと言う。



「慣れるまでの間は服毒はこのお茶のみで、明日は護身術、明後日は剣術と交互での訓練となります。」



淡々と告げられる予定に休みの文言は入らないご様子。



(す…スパルタ過ぎる…!)



そりゃ夫人がこき下ろしてもご当主様怒らないわけだ…!と納得した。



「予想より毒の効きが強いようですね…」

「お茶の比率ももう一度調整した方が良いかもしれない。」



真面目な表情で囁きあう侍女達がかろうじて安心出来る要素だった。

少なくとも花嫁修業で殺される事は無さそう。



「けど、そこまで薄めて間に合うかしら…」



不安そうな声に、ん?と耳を聳てる。

別に隠す気は無さそうだが、小声で話すのが癖になっているのだろう。



「皇太子殿下のパーティーですものね…。」



(パーティー!?しかも皇太子の!?)



そう言えばシナリオの最初の方のイベント

皇太子の生誕祭で聖女の紹介をするシーンにアルフレッドも出席していた。



「依頼人だらけの場所に無防備なまま行かせられないわ…。」

「皇太子に向けた罠でお嬢様に何かあったら…。」



皇太子は命を狙われ続けて周りを威嚇する俺様キャラになった設定があるので、当然生誕祭のパーティーにも刺客が来たりワインに毒が盛られたりする。



その際、刺客は聖騎士であるクリストファーが倒し、毒は聖女シャーロットが無毒化して、民衆の前でそのワインを皇太子が飲み干して聖女である事を証明するという展開だったはず。



確かアルフレッドはその時刺客の出所を調べると言っていたから、うちの人間ではないはず。

そこまで思い出してほっと胸を撫で下ろす。

これだけお世話になって一緒に暮らした誰かが反逆罪で処刑されるなんて耐えられない。

純粋なアルだってきっと深く傷付くはずだ。



(絶対グレイソン家を守らなきゃ。)



ようやく動くようになってきた唇で、話し込む彼女たちに向かって言葉を紡ぐ。



「お茶の比率は変えないで下さい。大丈夫です。」



瞬間、侍女たちは一斉にこちらを見た。



「喋れた…?こんなにハッキリ…。」

「なら魔法を習得すれば…!」



手足は一向に動く気配がないが、侍女たちの反応から見るに話せることは凄い事のようだ。



「奥様に魔法の訓練の提案をしましょう…!」



一同が賛成の意を示して、私を寝台に寝かせるといそいそと部屋を出て行った。

やらかした!余計休み無くした上に難易度を上げてしまった…!と後悔する私を置いて。



(せめてアルに会いたいんですけど…!)



動けないまま、もう3日は会えていないアルを思い浮かべた。



(…毎日会いたいと言ったのに。)





ーーーー





「この者がそうでございます。」



質素な身なりの男が案内する先にいる同じくらい質素な装いの少女は、その視線をこちらに向けた。



「君がシャーロット・ルシエルで間違いない?」

「はい。」



答える少女の瞳は見上げた格好のまま動くことなく、グレーの巻き毛に縁どられた色の白い顔に向けられていた。



「私に何か御用ですか…?」

「君を皇太子との取引材料にしたいと思ってる。」



アルフレッドのストレートな発言に真っ白な髪の少女はその紫色の目を点にする。



「どういう事ですか?」

「皇后陛下に勝たせてもこの国に良い事は無いと思ったんだ。」



ますますキョトンと小首をかしげた少女に、リズのリストの事を告げる気も、自身の立場を教える気も無いので、どう伝えたものかとアルは一瞬思案した。



「君にエドワード皇太子を皇帝にしてもらいたい。」

「私にそんな力は…っ、」



ここが孤児院だという事を分かっているのか?と言いたげな瞳を見下ろしながら告げる。



「君をこれから王都に連れ帰り、皇太子殿下に紹介する。」

「待って下さい……取引って、何の取引ですか…?

 内容によっては協力出来ません。」



別に使えないなら今ここで始末してしまってもいいんだけど。と一瞬頭をよぎったが、すぐに頭を振る。



「大昔に家門毎に押し付けられた役割を返上したいんだ。」



その為には権力が要る。

あの皇后ならいつでも自由に動かせる暗殺者だなんて、こんな便利な道具を手放すはずがない。

けど、幼い頃から命を狙われ続けた皇太子ならまだ可能性がある。



「では、条件を出させて下さい。」

「何?」



静かに尋ねると、ヒロインであるシャーロットはアルフレッドの双眸を真っ直ぐに見つめながら言った。



「私の結婚の相手は、私に選ばせて下さい。」



何で結婚?別に皇太子と結婚までしろとは言ってないんだけど。

とは思ったが、それほど興味も無かったので請け負った。



「わかった。」



その返答に、「やった!」と嬉しそうに破顔して、手を空に向かって突き上げる彼女にどんな意図があって、アルフレッドがここに来たことが課金が必要な「アルフレッドルート」のスタートであるなどとは知りもせず。
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