アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
――今日からわたしが『奥様』に……?
覚悟は決めていたはずなのに、胸の奥で、心細そうな小さな声が呟いている。
* * *
案内されたのは、邸宅の東翼にある二階の一室だった。
扉を開けた瞬間、紬希はまた言葉を失う。
印象的だったのは天井の高さだ。片隅に置かれたアップライトピアノの音を響かせるために設計されたのか、吹き抜けになっているデザインが近代的で、紬希は目を丸くする。それに、窓も大きい。庭に面したテラスがあって、白いレースのカーテンが午後の光を柔らかく透かしている。
調度品はすべて品が良く、花瓶には白い花が活けてあった。誰かが、今日のために準備してくれたのだろう。
「こちらが奥様のお部屋です。隣がウォークインクローゼットになっております」
家政婦長らしき女性に案内されて、クローゼットの扉を開ける。
そこには、紬希がこれまでの人生で見たことのない数のドレスが並んでいた。
夜闇を彷彿させる深いネイビー、柔らかなシャンパンゴールド、上品で清潔感のある白。どれも仕立てが良く、光の加減で生地が微かに輝いている。棚にはアクセサリーのケースが整然と並び、その隣にはパンプスが色ごとに揃えられていた。