お多福と呼ばれた私が、初めて笑えた日

笑う君には福来たる

「お前、本当にお多福じゃん!」

 中学生の頃、おたふく風邪を引いたら、クラスの男子にそう笑われたことを、彼女は心の傷として抱えている。
 小田倉(おたくら)福子(ふくこ)、あだ名は「お多福」。
 丸顔、低い鼻、やや離れ気味の目は、パーツ自体は悪くないのだが、お世辞にも整っているとは言えない。それは彼女も自覚していた。
 伸びた髪を黒いヘアゴムでまとめただけ、制服は校則を守ってスカートの丈が長いし着崩さない。私服も地味な色合いで、敢えて目立たないように振る舞っていた。
 高校二年生の春。福子は相変わらず「お多福」と呼ばれて学校生活を過ごしている。
 中学生の頃に彼女をいじって笑いものにした男子生徒は、進学しても同じクラスだった。その男子が「お多福」の名を広めたのである。
 高校に入学して最初は、他の生徒も「お多福」と呼んでからかっていたが、福子の反応が薄いので、やがてみんな言わなくなった。学生というものは飽きっぽいものだ。彼女が暗く、近寄りがたい雰囲気なのもあったのかもしれない。
 昼休み、福子は教室の隅にある自分の席で、誰とも話さずに読書をするのがいつものこと。クラスの空気となり、息を潜めて存在感を消す。
 教室の中は賑やかで、人はいくらでもいるのに、その中で孤独を味わう福子だが、彼女自身はそこまで気にしていない。
 本を読みながらクラスメイトの会話に耳をすませるのは、福子の密かな楽しみだった。
 自分が混ざらなくても、誰かが楽しそうにしているのはいいことだ。

悠真(ゆうま)、サッカー行こうぜ!」

「いいよ」

 女子が恋バナをしているのを聴いていると、不意に男子の声が割り込む。
 桐谷(きりたに)悠真(ゆうま)は、明るい髪色に爽やかな笑顔で、学校でも人気者として知られていた。
 彼のいる教室には、頻繁に他のクラスの女子がやってくる。
 何度か告白もされているようだが、彼は今のところ、誰とも交際していないらしい。
 まあ、自分にとっては関係ない話だと福子は全く悠真に興味を持っていなかった。――そのときは。

 放課後、福子は家庭科室でひとり裁縫をしている。
 制服のボタンがほつれているのに気づき、自分で直すことにしたのだ。
 ジャージに着替えた彼女は、膝に脱いだ制服を乗せて、針仕事をする。
 誰もいないのをいいことに、小さく鼻歌を歌いながら作業を続けた。

「いってぇ」

 誤って針を指に刺してしまい、福子は小声で呟く。
 すると、家庭科室の外の廊下から、誰かが噴き出す音が聞こえた。
 ぎょっとした彼女の目の前に、家庭科室のドアを開けて誰かが入ってくる。

「ごめんごめん、廊下歩いてたら鼻歌が聞こえてきたから」

 そこに立っていたのは例の桐谷悠真だった。
 福子は目を丸くして彼の姿を白昼夢のように感じている。
 悠真は気にする様子もなく、「制服、直してるの?」と屈託のない笑みで彼女の手に握られている服を指差した。

「う、うん」

「そっか。手先が器用でいいな。俺、裁縫苦手だから羨ましい」

 クラスでイケメンと称されている悠真が笑顔で自分に話しかけてくることに、福子は不思議な気分になっている。
 容姿に自信がなく、ひたすらに日陰のような生活をしている彼女にとって、悠真は遠い世界の住人だ。

「それにしても、小田倉って思ってたより面白いな。さっきの『いってぇ』、よかった」

 彼がニコニコしながら放った一言に、福子はカッと顔を赤く染めた。

「あの、今のは聞かなかったことに……」

「え、なんかまずかった?」

「ちょっと……私のキャラじゃないというか……」

 彼女の言葉に、悠真はパチパチとまばたきをしながら不思議なものを見るような視線を向ける。

「別にキャラとかどうでもよくない? せっかく面白いのに、クラスでその個性を出さないのはもったいないなと思うけど」

「変に目立ちたくない。出る杭は打たれるから」

「ふーん……」

 悠真は納得したのかしてないのか、首を少し傾げながら福子を見つめた。

「まあ、小田倉がそう言うならわかった。また明日」

 家庭科室のドアが閉じられ、静寂が戻る。
 福子はホッと胸を撫で下ろした。

「びっくり、したぁ……」

 イケメンと呼ばれているだけあって、眩しいオーラを感じた気がする。あんな人気者を目の前に、よく喋れたものだと自分に感心した。
 これが、福子が悠真と初めて対面で言葉を交わした記憶である。



「小田倉、おはよう」

 翌朝、高校の玄関で悠真に声をかけられて、福子はビクッと肩を震わせた。

「……お、おはよう」

「一緒に教室まで行こう」

「え、なんで」

「え、クラスメイトなんだからどのみち行き先は同じだろ」

 それはそう……と一応納得した福子は、悠真と並んで目的地へ向かう。
 ドアを開けて二人で入ると、クラスの面々も意外な取り合わせに驚いていた。

「小田倉さんと桐谷くん、一緒に登校したの? 珍しいね」

「いや、登校はしてない……」

 福子が慌てて顔の前で手を振る。その行為が照れ隠しのようにしか見えなかったのか、同級生たちは冷やかしの目を向けた。

「小田倉さん、桐谷くんと一緒に歩けてよかったね」

 その声には悪意はないが、被害妄想が強めの福子には「ブサイクがイケメンと並んで歩くなんて身の程知らず」という意味に聞こえてしまう。
 彼女は目を伏せ、足早に自分の席に向かった。
 当然ながら、悠真もからかわれることになる。

「実際、悠真は小田倉のこと、どう思ってんだよ」

「え、面白いなって思ってる」

「おもしれー女……ってやつか」

「え?」

 悠真は全く意味がわかっておらず、きょとんとしていた。

 それ以来、彼は福子にたびたび声をかけるようになる。
 放課後のこと。

「小田倉、どこ行くの」

「え、図書室……」

「俺もついてっていい? ちょっと借りたい本あるんだよね」

 断るのもおかしいので、やむを得ず悠真と並んで図書室へ向かった。
 その道中でも彼は女子に声をかけられ、爽やかな笑顔で受け答えしては「ごめん、これから図書室行くから」と適度なところで切り上げる。
 そのたびに女子から「隣にいるこいつ誰?」と言いたげな視線を向けられ、福子は生きた心地がしない。
 ――そのうち、女子に呼び出されてリンチされるかもしれん。
 内心そう思いながら、早く逃げ出したいと無意識に早足で歩く福子。
 しかし、悠真はいつものように爽やかに笑っていたが、福子の目には、その笑顔が少しだけ貼り付いているように見えた。
 ――あぁ、この人は今、私と同じくらい疲れているのかもしれない。
 図書室に着くと、お互いの借りたい本を探すために別れるだろう……と思いきや、悠真は福子に影のようにぴったりついてくる。

「え、なんか借りたい本があるんじゃ……?」

「うん、あるけど、その前に小田倉が何借りるのか見たい」

「えぇ……?」

 困惑するが、悠真は離れる気配がない。仕方なく、本棚の森に二人で踏み込んだ。
 福子が探していたのは好きな作家の新作小説。図書だよりで追加されたことを知ったのだ。
 他には手芸の本を数冊。裁縫や刺繍を趣味としている彼女にとっては柄を見るだけでも良い刺激になる。
 悠真は福子の両腕に抱えられた本を興味深そうに見ていた。

「その小説、面白い?」

「いや、まだ読んでないから知らないけど……これを書いてる作家の作品はだいたい面白いよ」

「じゃあ、俺もなんか借りよう」

 彼は本棚に入っていた同じ作家の過去作を数冊手に取る。

「貸出手続きしたあと、入口のところで待ってて。俺もすぐ本探して戻るから」

 福子が返事をする前に、悠真は再び本棚の森の中に踏み入ってしまった。
 そのまま置き去りにするわけにもいかず、彼女は本を借りたあと、不本意ながら入口で佇む。

「おまたせ」

 悠真が笑顔を浮かべながら福子に歩み寄った。

「このあと用事ある?」

「真っ直ぐ帰るだけだけど……」

「じゃあ、一緒に帰ろう」

 ここまで来ると、流石におかしいと福子は思い始める。
 あまりにも急激に距離を詰められて、彼女の警戒心はますます強くなるばかり。

「なんで、そんなに私についてくるの」

「え、興味があるからだけど。迷惑だった?」

「いや……」

 迷惑というより困惑のほうが強い。
 しかも、興味があるとはどういうことなのか、福子には一向に理解できなかった。
 荷物を取りに戻った教室を二人で出ようとすると、背後から男子のヒューッという声が上がり、彼女はますます、穴があったら入りたい気分になる。

「学校の奴ら、みんないい奴なのは知ってるんだけどさ。俺の顔を見て話してるのか、俺の中身を見て話してるのか、時々分からなくなるんだよね」

 帰り道、悠真はそんなことを話していた。
 図書室へ向かう途中、女子に声をかけられて若干うんざりしたような顔をしていた彼は、人付き合いに疲れているらしい。 

「桐谷くんは恥ずかしくないの? 私と二人でいると冷やかされるだけなのに」

 思い切って彼の気持ちを直接聞いてみた。
 悠真は相変わらず、人当たりのいい笑みを浮かべている。

「別に。気にしなくてよくない?」

「ちょっとは気にしてほしいかな、私は」

「俺は小田倉といると気持ちが楽だから、一緒にいたいだけ。それを冷やかされただけで離れる理由にはならない」

「でも、私みたいなブスと一緒にいると、なんていうか……」

 彼が誤解されたら、可哀想だ。
 悠真は少し考えるような仕草をしたのちに、「これから、失礼なことを言うかもしれない」と真面目な顔をする。

「俺は、ぶっちゃけ小田倉の見た目は好みじゃないと思う」

 たしかに失礼な物言いではあるが、昔から散々ブサイク呼ばわりされてきた福子は、その程度では傷つかない。
 悠真は続けた。

「でも、本音で話せるし、自然体でいられるから、俺は小田倉と一緒にいたい。ダメか?」

 あまりにも率直。あまりにも直球。
 福子は金魚のように口をパクパクさせた後、「ダメじゃ……ないです……」と根負けしたのである。
 ――イケメン怖……。恥ずかしげもなく、こんなこと言えるんだ……。
 彼女はなんだかおかしくなって、少し笑ってしまった。
 悠真はそれを見て、満足そうに頷く。

「やっと笑った。案外いい笑顔するじゃん」

 そんなセリフを吐かれて、福子はまた戸惑うのであった。



「桐谷とお多福って絶対付き合ってるよな」

 クラスの男子――鬼丸(おにまる)小鉄(こてつ)がニヤニヤと笑っている。
 彼こそが、福子を「お多福」と呼び、おたふく風邪にかかった彼女を嘲笑った張本人。中学校からの腐れ縁であった。

「付き合ってはいないけど」

 悠真は穏やかな声で笑顔を崩さない。
 彼にとって、女の子と一緒にいるだけで「付き合ってるんでしょ」と勘繰りされるのは慣れたものである。
 一方の福子は小鉄に対して「ああ、またか」とウンザリしていた。
 この男、福子を長年いじってはからかってくるので、彼女にとっては天敵に近い。

「じゃあ桐谷、お前お多福に告白してみたら?」

 あろうことか、悠真まで笑いものにしようとする彼に、福子は怒りを爆発させる。

「いい加減にして。私はともかく、桐谷くんを巻き込まないで」

「なーにムキになってんだよ。男にフラれるくらい慣れてんだろ」

 せせら笑う小鉄。
 福子が拳を握って今にも殴りかかりそうになった、そのときだった。

「わかった、じゃあ言うわ」

 悠真が真剣な顔で、福子の手を取る。

「俺は、福子のことが好きだよ」

 騒ぎを見ていたクラス中が「ヒューッ!」と沸き立った。
 小鉄は福子への罰ゲームのようなものだと思っているのか、ゲラゲラと笑っている。
 そして福子は――悠真の手を振りほどいて、教室から駆け出した。

「福子!? どこ行くんだ!?」

 悠真は慌てて彼女の後を追う。

「ついてこないで!」

 福子の声色に涙が滲んでいることに気づき、悠真はさらに足を早めた。
 誰もいない家庭科室に駆け込み、福子はわぁわぁと大声で泣く。

「福子……」

「見ないで……あっち行って……」

 メソメソと泣き続ける彼女の肩を、悠真は寄り添うように抱きしめた。
 しばらくそのまま、二人とも動かない。

「ごめんね、桐谷くん」

「なんで福子が謝るの」

「鬼丸くんに告白するように言われて、断れなかったんでしょ。私のことが好きなんて言って、本心じゃないのに」

「違う。俺は鬼丸みたいに、からかうために言ったわけじゃない」

 悠真は福子の肩に手を置き、お互い向き合った。

「でも、私の見た目は好きじゃないって……」

「そうだよ、見た目じゃないんだ。俺は可愛い顔よりお前の笑顔が好き」

 福子の潤んだ目が、大きく見開かれる。

「お前の笑顔が見たい。福子にはずっと笑っていて欲しい。俺じゃ力不足かな?」

「……そんなことない」

「なら、俺と付き合って欲しい」

 返事の代わりに、福子は悠真にしがみつくように抱きついた。
 彼は福子の背中を優しく撫でる。制服が濡れても気にしない。
 二人はそのまま、しばらく動かなかった。



「おはよ、福子」

「おはよう、悠真くん」

 悠真に声をかけられ、福子が振り向く。
 その表情は明るく、まさしく幸せを呼ぶような笑顔を浮かべていた。

「文化祭、いよいよ本番だな」

「そうだね。楽しい一日になるといいな」

 二人で並んで校舎まで歩いていく。
 福子はもう周囲の目を気にしていない。
 彼女には悠真しか見えていなかった。

「福子の笑顔、今日も見れて嬉しい」

 悠真の手が福子の頬に触れ、優しく撫でる。

「やっぱり、笑う君には福来たる、ってやつだな」

「なにそれ」

 二人は笑いながら、同じ歩幅で、一緒に歩いていくのだった。

〈了〉
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