あと30日で、他人に戻るふたり
隣を見ると、さっきの男性が鍵を持ったまま私を見ている。

もうスマホは見ていなかった。
あちらも、目を見開いて私をまじまじと見つめていた。


「……え?」

「え?」

「え?」

「は?」

「誰?」

「…あなたは?」

誰?と聞かれてすぐ答えるほど馬鹿じゃない。

私たちは顔を見合せて、お互いに眉を寄せた。


彼の、切れ長の目と合った瞬間、思った。

────この人、ちゃんと見たら、たぶん厄介だ。


「俺、今日からここに入居予定なんだけど」

…ああ、嫌な予感。

私は彼の言葉を聞いて、ひやりと背筋に冷たいものが走った。
言いたくないけど、私も口を開くしかない。

「私も今日からなんですけど…」


ここでようやく、彼は私から視線を外して『805』と書いてある部屋ナンバーのプレートを見やった。


「…どこに?」

「ここに」

「俺もだよ?」

「……私もなんです」

「……どういうこと?」


これは、おそらく管理会社のミスだ。
本当にごくまれに起こりうる、単純なミス。

仕事柄、こういうトラブルは何度か見てきた。
住むのはずの家にまだ住人がいた、とか。引っ越したらすぐに知らない人が入ってきた、とか。

管理会社同士の連携が甘いがためにすり抜けてしまう、二重契約という穴。


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