彼と彼女の、最大の不具合
プロローグ
社内研究開発部、会議室。
ホワイトボードには「新規スキンケア処方:安定性試験」の文字。
香坂茉白は腕を組み、冷たく言い放つ。
「その処方だと保存安定性、想定甘いよ。温度変化で成分分離する」
向かいで、右京天音が眉をひとつ上げる。
「それ、極端な環境試験前提だろ。現実の流通温度なら問題ない」
「現実の“想定”が甘いって言ってるの」
「現実的じゃないのは、そっちの安全係数の取り方」
ラボの奥で、試験機の音だけが淡々と響く。
茉白はタブレットを操作しながら続ける。
「これ、肌刺激テストのリスクも上がる。製品化できないレベル」
「逆に言うと、そこまで上げれば競合と差別化できる」
「差別化のために肌トラブル増やす気?」
一瞬、空気がピンと張る。
また始まった、と周囲の研究員たちが目線だけで会話する。
だが——誰も止めない。
止める気もない。
このふたりの議論は、なぜか毎回ギリギリで“最適解”に着地するからだ。
天音はため息をつき、軽く椅子にもたれる。
「じゃあ聞くけどさ。全部最大想定で作って、コスト爆発したら誰が責任取るわけ?」
「私が取るけど」
即答。
一瞬だけ、会議室が静かになる。