幻獣と旅する没落令嬢は、秘密を隠す騎士に恋をする
岩場を回り込むようにして、三人は洞穴の前へと辿り着いた。

ひんやりとした空気。
外の森のざわめきが、少し遠くなる。
洞穴は思ったよりも広く、奥へ行くほど静かだった。
キツネの言っていた通り、地面も乾いている。

「ここならしばらくは大丈夫そうね」

ヴィオラが小さく息をつく。
カイルは周囲を一瞥してから、壁に背を預けるように腰を下ろした。

「……ああ」

短く答える声。
そのまま、わずかに目を閉じる。
気を抜いたわけではないが、最低限の安全は確保できたと判断したようだ。
ヴィオラはすぐに膝をつき、持っていた荷物を広げる。

「じっとしてて。さっきの傷、ちゃんと見せて」

カイルは一瞬だけ視線を向ける。

「……必要ない」

反射的な拒絶。
だがその声は、先ほどよりもわずかに弱い。
ヴィオラは首を横に振った。

「駄目よ。さっきより血が出てるもの」

言いながら、迷いなく手を伸ばす。
その指先が、カイルの腕に触れた時

——“……やはり妙だな”

ヴァイスの声が静かに響く。
今度は、はっきりと。
カイルの目が、わずかに開く。

「……今は聞こえるな」

ぼそりと呟く。
ヴィオラは小さく笑った。

「言ったでしょう?」

そのまま布で傷口を拭いながら続ける。

「触れていれば、ね」

手当ての手つきは丁寧で、無駄がない。
けれど、どこか優しい。
痛みを最小限に抑えようとしているのが分かる。
カイルは何も言わない。
ただ、黙ってそれを受け入れていた。

——“……無防備だな”

ヴァイスの声。

「どっちが?」

ヴィオラが小さく返す。

——“両方だ”

淡々とした指摘。
カイルが、わずかに眉を動かす。
だが口は挟まない。
ヴィオラはくすりと笑った。

「大丈夫よ。ヴァイスがいるもの」

その言葉に、ほんの一瞬だけ。
ヴァイスの尾が、静かに揺れた。
手当てが一通り終わり、布を結びながらヴィオラが顔を上げる。

「これで少しは動きやすくなるはずよ」

カイルはゆっくりと腕を動かし、具合を確かめる。

「……悪くない。感謝する。」

一拍置いて、視線がヴィオラへ向く。

「慣れているんだな」

ぽつりと落ちる言葉。
ヴィオラは少しだけ首を傾げた。

「旅をしてると、ね」

それだけ言って、道具を片付ける。
それ以上は語らない。
カイルも、追及はしなかった。
外から、かすかな風の音。
追っ手の気配は、もう感じられない。
ヴァイスが、洞穴の入口の方を見やる。

——“……しばらくは問題ない”

低く、落ち着いた声。
そのままゆっくりと伏せる。
巨大な体が、静かに地面へと落ち着いた。
まるで、この場を見張る番人のように。
その様子を見て、カイルが小さく呟く。

「……変わった組み合わせだな」

ヴィオラと、幻獣。そして——偶然拾われた、自分。
ヴィオラは少しだけ笑った。

「そうかしら?」

やわらかい声。

「私は、気に入ってるわよ」

その言葉に、カイルは何も返さなかった。
ただ—— ほんのわずかに、口元が緩んだように見えた。

それを、ヴィオラは見逃さなかった。

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