永遠のイスラエル

第6話 ドゥルーズの悲劇 -Daliyat al-Karmel

 ドゥルーズという民族がいる。人種的にはアラブで宗教はイスラム、アラビア語を話し食生活は羊肉やパンを中心とするなど、一見、他のアラブ・ムスリムと違いはない。しかし、彼らは長い間カルメル山やエズレル平原に自分たちだけの村をつくり、人目を避けるように細々と暮らしてきた。なぜなら彼らは「異端」だからだ。

 一口にイスラム教と言ってもいろいろな宗派がある。最も多くの信者数を誇るスンニー派、イラン革命の原動力となったシーア派、他にもイスマーイール派、ワッハーブ派、アラウィー派など、数え上げればきりがない。どれもみなアッラーに帰依すること自体に変わりはないが、重視する預言者やコーランの具体的解釈などが微妙に異なっている。

 ドゥルーズはそんなイスラム教の一派とされている。数ある宗派の中でも彼らはかなりの少数派で、しかもその教義体系はおよそイスラムとは思えないくらい独特だ。異教徒や別派との婚姻を徹底して避けてきたため、正確な実態も明らかではない。それゆえ他の宗派からは異端とみなされ、同じムスリムからさえ迫害を受け続けてきた。ユダヤ人が世界中から迫害を受け流浪の民となったように、ドゥルーズ族もまた中東一円を彷徨ってきたのである。

 実際、ドゥルーズは謎の多い宗教だ。ムスリムでありながらコーランを否定する。仏教のように輪廻転生を認める。極めつけなのが、アッラーよりもファーティマ朝の第六代カリフだったハーキムという人物を神として重要視していることだ。ここまでくると別の宗教だと思った方がよいかもしれない。

 加えてこのハーキムなる人物がイスラム史上で一、二を争うほどの奇人だった。いつも突飛な言動をしては周囲を引っかき回していたという。エルサレムにある聖墳墓教会を破壊したことでも知られている。どうやら精神に障害があったらしい。しかしドゥルーズだけはそんなハーキムを「神がかりの状態にある」と見た。

 狂性の中に聖性を見出す、という態度は多くの宗教に見ることができる。四肢が不自由な状態で生まれてきた子供を「神の使い」だとして尊重する文化もある。ドゥルーズの人々もハーキムの奇行を「神の意思の顕れ」として受けとめたのだろう。だが、その極端な解釈は一般のイスラム教徒にはあまりに理解しにくいものだった。

 カルメル山の中腹にあるドゥルーズの村で昼食をとった。エスニックなスープ、新鮮な野菜を刻んだサラダ、香ばしいシシカバブ、中東のパン。どれもみな美味しくて、思わず食べ過ぎてしまった。腹ごなしを兼ねてあたりをぶらぶらしてみると土産屋が何軒か並んでいた。おやっと思ったのは軒先の文字がヘブライ語だったことだ。

 ドゥルーズ族はヨルダン川西岸やガザのパレスチナ人と異なり、イスラエルから市民権を与えられている。れっきとしたイスラエル国民なのだ。しかしそれはユダヤ人と同様に徴兵の義務を負うことも意味する。しかも「二級市民」として。

 イスラエル建国以来の度重なる戦争に彼らはイスラエル兵として参加した。そして砲弾の雨が降り注ぐ最前線へと投入された。構えた銃口の先にあったのは自分たちと同じアラブの顔だった。寝返ることは許されなかった。なぜなら彼らは「異端」だからだ。向こう側に同化することができない以上、どんなに苦しくともこちら側で生きていくしかない。選択肢は最初からひとつしかなかった。

 アラブにもユダヤにもなれないアイデンティティ。彼らが自ら選んだ道だとはいえ、その狭さと険しさは想像するに余りある。悲劇を背負って生きているのはパレスチナ人ばかりではないのだ。
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