虹色の上海

第6話 虹色の新世界 -東方明珠電視塔

 地上に出ると、そこはまさしく新世界だった。わずか数分という観光隧道の旅を終え、僕たちは浦東に「上陸」した。そう、まるでアメリカ大陸を「発見」したヨーロッパ人のように。

 空間の縮尺が明らかに違う。芝生を横切るのに時間がかかる。道路を渡るのが途中で嫌になる。すぐそこにある建物まで、歩いても歩いてもなかなか辿り着かない。対岸からは林立するように見えた摩天楼も、広大な敷地にゆとりを持って建てられているため棟と棟の間隔が見た目以上に開いているのだ。

 黄浦江東岸の原野に忽然と出現した陸家嘴金融中心。この新しい街の中心に位置するのが東方明珠塔だ。未来的なデザインばかりが強調されるが、本当に驚くべきはその大きさかもしれない。外灘からではわからない。間近に来て初めて実感する。何しろ、首が折れるほど見上げても下球の底とそれを支える支柱しか見えないのだ。しかも、何本もある支柱の一本一本が日本の下手な高層ビルより太い。僕の中で「タワー」という概念がガラガラと音を立てて崩れていく。これはもう人の手による建造物ではない。神の造作だ。

 入り口の前に万国旗を並べた広場がある。この広場自体相当に広いのだが、その端まで行ったところで東方明珠塔をカメラに収めることはできない。上下二分割でやっとだ。それも縦位置だと画面の両脇で支柱が切れてしまう。中国人観光客が盛んに記念写真を撮っているが、はたしてどこまで写っているのだろう。

「あれ? 赤い」

 下球にはその腹を取り巻くように色が着いていた。ピンクに近い赤紫。外灘から見ているときは気づかなかったが、こうして近くで見るとかなりインパクトがある。言葉では形容し難い微妙な色だ。どこか怪しげな感じがする。イメージ的に言うなら「虹色」だろうか。日本の建物ではまず見られない。少なくとも外壁にこの色を使うことはないだろう。

 東方明珠塔は1995年にオープンした。本来はテレビ塔だが、当初から東京タワーと同じく観光名所としての意味合いの方が強い。地上から伸びたコンクリート製の三本の円柱が高さ98mの下球と同じく263mの中球を貫き、その上にある高さ350mの上球を針のような一本柱が突き刺している。最頂部までの高さは468m、下球の下ではさらに三本の円柱を筋交いさせ、構造を補強している。

 入場券は訪れる高さによって何種類かに分かれていた。「三球」ならすべての展望台に入れるが、100元と少し値が張る。高さが異なるとはいえ、見える景色は同じだ。飽きるかもしれない。僕たちは「二球」を買うことにした。

 塔の中はドーム状の吹き抜けになっていた。野球場のひとつやふたつは余裕で入りそうなほど広大な空間だ。真ん中に三本の巨大な円柱があり、そこから行列が伸びている。展望台へ向かうエレベーターを内蔵しているのだ。巨木が生い茂る原始の森、あるいはジャックと豆の木。上に何があるのか、登ってみるまでわからない。

 平日の昼間なのでさほど混んではいないが、夜や休日はきっとすごい人出なのだろう。一時間待ちはザラだというから、ディズニーランドの人気アトラクションも真っ青だ。数日後には中国でも大型連休を迎える。その前に来てよかったと、並びながら胸を撫で下ろした。

 エレベーターは意外に狭かった。窓がないので外の景色を見ることもできない。構造体の一部である以上、ガラスや強化プラスチックにするには強度の問題があるのだろう。階数表示もない。扉の脇でランダムな数字が点滅するばかりだ。数十刻みで規則性もなく増えていく数字。そうか、現在高度を表示しているのか。気づいたときには、それはぴったり「263」を示していた。

 扉が開く。春霞の空の下、360°に拡がる下界が僕たちを待っていた。
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