岐路のパキスタン

第5話 彫刻とバーベキュー -Peshawar

 ペシャワールに入ったのは夕暮れ近くだった。多少ましになったとはいえ依然として霧は晴れず、時刻以上に空が暗い。

 バラ・ヒッサール要塞の脇を通り過ぎる。かつての城跡が今は軍事施設として利用されており、入場はおろか写真撮影も禁止だという。その割には堂々と国道に面して建っており、見張りの兵もいない。撮ってくださいと言わんばかりだ。ムガール帝国時代から続く歴史的建造物を黙って見過ごす手はないと思い、バスの中から隠し撮りをする。

 日没が近いので真っ直ぐホテルに向かうのかとも思ったが、予定通り博物館を見学する。煉瓦造りの瀟洒な建物だ。元々は迎賓館だったそうで、古き良きイギリス植民地時代を思わせる。屋根にインド風の小楼を備えた外観だけでも充分鑑賞に値する代物だ。

 内部は体育館のように二階まで吹き抜けたホールになっていた。中央には何もなく、展示品は壁際に貼り付くように集められている。何とも贅沢な空間の使い方だ。収蔵品が少ないのかと思ったが、そうではない。むしろ逆だ。数もさることながら内容が凄い。どれもみな素人目にも国宝級とわかる傑作ばかりだ。

「ガンダーラ美術の収集では世界一です。特に仏像のコレクションが充実しています」

 一体ずつ丹念に見ていくことで、ガンダーラ仏が東西文明の融合だということがようやく理解できた。顔だけではない。肉体や衣服の造形がまさにギリシャ彫刻のそれなのだ。躍動感ある腕や脚の筋肉美、優美で繊細になびく袈裟の曲線美。奈良の薬師如来というよりミロのヴィーナス。アテネの国立考古学博物館に行った時のことを思い出した。

 ホテルに到着する頃には陽がかなり傾いていた。チェックインし、小休止の後、ディナー会場である最上階のレストランへと向かう。しかし、エレベーターを出てもそれらしき場所が見当たらない。ツアーメンバー何人かで迷っていたところ、添乗員がやって来て「こちらです」と案内してくれた。

 ドアを開けるといきなり横殴りの風だった。

「え? 外なの?」

 灯かりがほとんどない。もうもうとして煙い。何より寒い。だが、いかにも美味しそうな匂いが漂ってくる。近づいてみると、ぶつ切りの骨付き肉を細長い鉄の串に刺し炭で炙っている。シシカバブだ。

 白衣を着た恰幅の良いコックが火床から串を抜いて手渡してくれた。長さは優に50cm以上ある。辺りを見回すが暗くて椅子がどこにあるのかわからない。仕方がないので、両端を左右の手で掴み、立ったまま肉にかぶりつく。

 一口食べて目が点になった。とてつもなく美味しい。スパイシーなのに肉本来の味がまるで損なわれていない。柔らかく、臭みがなく、それでいて野趣に溢れている。

 きっと、文明初期の人間はこうだったんだろうな、と思った。星明かりしかない屋外で、仲間と火を囲んで一日の狩りの獲物に舌鼓を打つ。都会の高級レストランでワイングラスを傾けながらナイフとフォークを握りしめるより、よほど生きている実感がする。

「このホテルにはバーもあるので、お望みなら食後にアルコールも楽しめますよ」

 パキスタンはイスラム国家の中でも比較的厳格なので基本的には禁酒だが、外国人が多く宿泊するホテルではエリアを区切って許可されているところがある。話の種にと覗いてみたが、独房のように殺風景な部屋だった。高級なブランデーも置いてあると言われたが、遠慮することにした。いくら飲んでもすぐ酔いが覚めそうだ。案の定、客は誰もいなかった。
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