悠久のインド

第5話 津軽海峡冬景色 -Howrah

 夕食後、出発までの長い時間をレストランで潰し、程よく夜が更けた頃、僕たちはホテルを後にした。いよいよ寝台列車に乗るのだ。

 意外に思えるかもしれないが、インドは世界有数の鉄道大国だ。植民地支配の道具としてイギリスがせっせと線路を引いたのだ。現在では総延長が6万kmを超える。既に日本の倍以上だ。人口の増加や環境への影響などを考えると、これからも増え続けるに違いない。

 コルカタからバラナシへは空路もあるが、鉄道の方が安いし、車中泊にすればホテル代も浮く。何よりインドの列車、しかも寝台だなんて、どのようなものなのか興味津々だ。一度体験すればしばらく話のネタに事欠かないだろう。勇気ある人として仲間内の称賛を浴びることも請け合いだ。そうした歪んだ名誉欲に駆られ乗ってみることにした。とはいうものの内心はビクビクだ。

 ところで、コルカタの鉄道の玄関口は中心街ではなく、フーグリ川を渡った対岸にある。ハウラー駅だ。行政上は別都市になるようだが、コルカタを目指す長距離列車はみなここを起点として発着する。

 橋の向こうにオレンジ色の街灯が見えてきた。曇った空を照らし出すように、一角だけがぼんやりと明るくなっている。やがて僕たちを乗せたバスは川を渡り、駅のロータリーへと静かに滑り込んだ。

「ああ、上野駅」

 とっさに言葉が口を吐いて出た。それほど雰囲気が似ていたのだ。

 昭和30年代から40年代にかけての高度成長期、東北や上信越の出身者にとって上野駅は特別な場所だった。集団就職や出稼ぎのために故郷を後にした人々が、希望と不安を胸に抱えて初めて降り立つ都会の入口。そして、わずかばかりの金と打ちひしがれた思いを鞄に詰め、故郷へ戻るべく最後の時間を過ごす田舎者の溜まり場。記録映画や昔の写真が伝えるその情感に、ハウラー駅は見事なまでにぴたりと一致していた。

 吹き抜けとなった広い構内では大きな荷物を携えた人々がそこかしこに佇んでいる。みな一様にどこか疲れた表情で、何かに耐えるようにじっと口唇を噛み締めている。すべての色はセピアに染まり、時は止まったかのようにゆっくりと流れていく。

 まるで「津軽海峡冬景色」だった。上野発の夜行列車に乗り込む時、主人公の目に映ったのはまさにこんな光景だったろう。寒くて、寂しくて、それでいて誰もが無口で。

 ときどき売店を覗いてみたりはしたものの、他の乗客同様、出発までの時間のほとんどを待ち合いのベンチで過ごした。いつものようにあちこちを探検しようという気分にはならなかった。きっと、あまりに哀愁に満ちた駅の雰囲気に圧されてしまったのだ。

 いつの間にか眠りかけていたところにガイドがやって来て、列車が入ったことを告げた。心なしか重くなった脚を引きずりつつ行くと、驚いたことに、ホームは一転して活気に満ち溢れていた。

 我先に乗り込もうとする客と、より稼げそうな客を見つけようとする荷物運びのポーターとが混じり合い、線路に落ちそうなほどごった返している。暴動でも起きたかと思うような激しさだ。

 気がつくと手元からスーツケースがなくなっていた。数m先を見ると、他の人々のものと併せて男の頭の上に載せられ、列車内に運び込まれていくところだった。
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