シンデレラ・ララバイ
 
 
 
 
「まさか、沖縄だとは思わないんですけど…」
「心、空港着いたらポーたま食べる?一花さんも買いに行きませんか?」
「ぽーたまってなあに?食べる!」




飛行機のドアが開いた瞬間、機内の冷房とは違う、ねっとりと肌にまとわりつくような熱気が広がる。

「わあ!暑いね、パパ!」
「これが沖縄だよ、心は初めてだね」
「富裕層ってこわい」

はしゃぐ心を満面の笑みで追いかける徹を見ながら、一花は呟いた。
娘が大きいプールに入りたいと言った一言で、沖縄旅行とは。溺愛にも程があると思いながら、一花は後を追った。

社長であり、稼いでいる徹の懐事情など心配するだけ失礼なのだろうが、空港からホテルまでタクシーで移動し、着きましたよ、とホテルの目の前で降ろされた光景に、一花はまた同じセリフを呟くことになる。


「おっきーい!」
「なんとプールは6個もあるんだって!」
「え?」
「すごーい!」
「お部屋はデラックススイート!」
「え?」
「ひろーい!お外出るところがあるー!」

「プレミアムラウンジで専任のシェフのベーカリー付きの特別な朝ごはん!」
「え?」
「心の好きなパンある!?」
「絶対あるよー!」
「夜ご飯は海が見えるラウンジでセルフバーベキューをするよ!」
「バーベキュー!?」
「良かった、高級フレンチとかじゃなかった」

部屋に着くなり、情報を一気に与えられ、一花は部屋から見える海を見ながら立ち尽くす。今まで庶民として慎ましく生きてきた一花からすると、こんな選択をポンとしてしまえる徹が恐ろしい。

心が真っ先に駆け出していく先には、壁一面が大きな窓になった、開放感あふれるリビングルーム。
窓の向こうには、真っ青な沖縄の海が絵画のように切り取られて広がっている。

「フレンチだと心が楽しめないでしょ。そっちが良かったですか?」
「いいえ、富裕層こわいなって思っただけです」

一花の呟きが聞こえていたのか、徹が隣に立って言った。
バルコニーに出て海を見下ろす心を、嬉しそうに見ている姿は、単純に娘を喜ばせようとしたパパの姿だ。

「僕は心と一花さんのために稼いでるんで、こういうところで使わないと」
「いや、いいんですけどね…」
「大人しか入れないVIP専用のプールもあるみたいですよ、行きます?」
「行きません!心ちゃん放って行くわけないじゃないですか」
「そこで心のことを一番に考えてくれる一花さんが本当に好きです」

徹の言葉に返事はしなかった。
一花先生、みてー!とはしゃぐ心に呼ばれ、一花は心が待つバルコニーへと足を進めた。

開かれたガラス扉から一歩外に出ると、カラリとした熱い空気と風が、一花の髪の毛を靡かせていった。

一花も沖縄には来たことがない。もしかしたら、以前徹と二人で夜にまったりテレビを見ている時、ちょうど映っていた沖縄特集に見入っていたところをしっかり見られていたのかもしれない。
私のためですか?と思うのは烏滸がましい気もしつつ、でも徹なら二人の要望を一気に叶えようとやりかねない。

「心、海も行きたいー!」
「行こっか。全然人いないねー」
「プライベートビーチなんですって、ホテルの」
「プライベートビーチってなに?」
「ホテルに泊まってる人しか使えない海ってことだよ」
「すごーい!」
「すごい…」

さ、まずはお昼を食べようか、という徹の言葉で、心は満面の笑みで部屋に戻って行った。きっと探索もしたいのだろう。初めての場所とプールに全身で興奮と嬉しさを表現する心が可愛らしくて、一花は口角が上がる。

部屋の中は、白を基調とした落ち着いたインテリアで統一されていて、どこに触れても高級そうな手触りがした。
リビングとベッドルームが分かれているのはもちろん、奥には一花一人が住めるんじゃないかと思うくらい、広いドレスルームまであるようだった。

「僕としては箱根の時みたいに寝室が分かれてる方が良かったんですが、プールとか空港からの近さとか、心も食べやすいビュッフェとか、海の近さとかを優先したら条件に合うところがなくて」
「心ちゃん挟んで川の字で寝ましょう」

徹が不穏なことを言い出したので、一花は慌てて遮るように言った。
そこで心を第一優先に考える徹だからこそ、一花は好きだなと思う。

「せっかくですし、ラウンジも好きに使えるみたいなので、一花さんは好きなように過ごしてていいですからね」

徹がそう言って、一花に微笑んだ。
水着だとか寝室がとか言うくせに、徹は、肝心なところではちゃんと一花の意思と自由を尊重してくれる。

心は今はバスルームを見に行ったようで、部屋から姿が消えていた。

一花は心に日焼け止めを塗り直してあげようと、バルコニーから部屋に足を踏み出しながら、小声で徹に言った。


「心ちゃんと徹さんとプール入るの、楽しみにしてたから一緒にいたいです」

聞こえなくても構わないと思った。
でもしっかり聞こえていたらしい徹は、一花の腕を掴んで引き寄せ、触れるだけのキスを一花に落とした。

「ちょっ!」
「ちゃんと心がいないの、確認しましたよ」
「今日はこういうの無しです!」
「えー、一花さんが可愛いこと言うからじゃないですか」
「知らないです!」

お気に入りの白のスーツケースの中に、徹が勝手にネットで頼んでいた、白のビキニも一緒に忍ばせていると知ったら、どんな反応をするだろうか。
それとも自分のために出さないでおくべきだろうか。

一花はバッグから日焼け止めを取り出し、心の元へと駆け寄った。
口元がニヤけてしまうのは、きっと、沖縄のせいだ。
 
 
 
 
 
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