死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています

誘拐

「――ブレアは部下を集めろ。すぐに動ける者を集めて精鋭班を作れ。セドリックは私に随行し、知る限りの事を話せ」

「「はっ!」」

 声を揃えて返事をしたあと、ブレアは部屋を出て行った。

「女はどんな姿をしていた?」

「赤毛で青い目をした令嬢でした。ワインレッドのドレスに、水玉のペチコートが珍しかったです。出身はアルトドルファー王国で、アルデンホフ伯爵令嬢と名乗っていました」

 ギルバートは報告を聞きながら、ベッドの横に膝をついた。

 彼は目を細めてベッドを撫で、シルバーブロンドの髪の毛を一本見つける。

 そのあと彼は、部下が見ているのにも拘わらず、ベッドに顔を埋めて匂いを嗅いだ。

 スゥッと音がするほど匂いを嗅ぐ上官を、ブレアは動揺せずに見守っている。

「……間違いなくここにいたな」

 自分がシャーロットの匂いを間違えるはずがない。

 彼は次にテーブルセットに向かい、同様にソファに顔を埋めて匂いを嗅いだ。

 騎士たちはギルバートが犬のように鼻がいい事を知っている。

 そうなったのは、片目を失った関係で多少なりとも脳にショックを受けたかららしい。

 十月堂事件以降、ギルバートの嗅覚は異様に発達したのだ。

 彼はどこに妻が座っていたか確認すると、次にワイングラスの匂いを嗅ぐ。

 ギルバートはスンッと匂いを嗅ぎ、少し間を置いてからまたスンッと鼻を鳴らす。

「……ワインにしては甘いな。……薬か」

 彼は呟いたあとに立ち上がると、窓辺に向かう。

「カーテンをすべて開けろ」

「はっ」

 セドリックは言う通りにしたあと、思いだした事をつけ加える。

「私が最後に奥様の姿を確認した時、あの窓が開いておりました」

 ギルバートはセドリックが指さした窓にツカツカと歩み寄り、その周辺をつぶさに観察する。

「……暗くて分かりづらいが、ここに摩擦痕があるな。……ロープか何かを使ったとして……。ベッドの柱に不審な点はないか?」

 セドリックはすぐに確認を始め、ベッドの支柱に同様の痕を見つけた。

「ありました!」

 金色の目が睨む先には、夜風に吹かれて白い花を揺らすマロニエの木がある。

 かなり樹齢を重ねた木で、枝の中には人一人なら支えられる太さのものもあった。

「……もうかなり遠くまで行っているか……」

 ギルバートは呟いたあと、踵を返して部屋を出る。

「斥候を出し、国境を閉鎖しろ。死ぬほど走らせろ」

「はっ!」

 先ほどから冷や汗が止まらないセドリックは、返事をしたあと走り出した。

 一人になったギルバートは、国王に報告すべく廊下を進む。

 アルトドルファー王国の賓客が来ているのに、物々しい雰囲気を悟らせてはいけない。

 片目を失ってやっと和平を結んだのに、また戦争が起こっては堪らないからだ。

(戦争が終わり、内乱でガタついていたアルトドルファー王国も、近年になってやっと安定した。なのにもう一度争いを望むとは思えない。国絡みの犯行というより、一部の者の私怨と思ったほうがいいだろう)

 先ほど両国の王族がいる場に同席して実感したが、アルトドルファー王国の王族が何かを企んでいる様子はなかった。

 彼らは今回の件に無関係と言っていいだろう。

(騒ぎが大きくなる前に解決できればいいが)

 指先が濡れていると思えば、力一杯拳を握ったせいで爪が掌に食い込んで血が流れていた。

 それをごまかすために、ギルバートは革手袋を嵌めてギュッと引っ張った。



**



 シャーロットは寒さを覚えて目を覚ました。

 鼻腔に入るのは、嗅ぎ慣れない〝他人〟の匂い。

 口の中にはアルコールの残滓があり、喉にやたら甘い味が絡んでいる。

 どこを向いても暗いと思えば、目隠しをされていた。

 どうやらベッドのような所に寝かされているようで、両手は体の前で縛められ、足首も同様にされている。

 不自由な手をもぞもぞと動かして確かめれば、ドレスを脱がされている上に、上半身はコルセットだけの姿だ。

 パニエは外され、すり合わせた太腿は露わになっている。

「いや……っ」

 恥ずかしい姿にされたと気づいたシャーロットは、弱々しい悲鳴を上げた。

「お目覚めか? 公爵夫人」

 声が聞こえても、相手がどんな顔をしているか見えない。

 ただ、相手が男性なのは分かった。

 感覚を研ぎ澄ませると複数人の気配がする。

 肌を晒した無防備な姿を、複数の男性に見られていると思うと羞恥で死にたくなる。

「あんたも災難だな。あの〝死神〟に嫁いだばかりに、こんな目に遭うんだから」

 その一言で、犯人がギルバートに恨みを持つ者だと理解した。

 思い当たるのは、王宮で夫の姿を見てヒソヒソと陰口を叩いていた者たち、それに謁見の間でギルバートへの敵意を隠さなかったスローンという貴族だ。

 しかし今日はアルトドルファー王国の者たちも招待されていて、そう思うと犯人はもっと広範囲にわたると考えられる。

 けれどすべて想像に過ぎず、確固たる証拠がある訳ではない。

 目の前に犯人がいても、見えないのでは話にならないし、都合良く彼らが自己紹介してくれるはずもない。

 ――なら、こちらから話しかけて誘導するだけだ。

「何者です。卑劣な行いはやめて、私を自由にしなさい」

 こんな姿になっても気丈に振る舞えたのは、元帥の妻という誇りがあるからだ。

「っはは! 裸同然の格好でよく啖呵がきれるな」

「よく見れば、細身だがいい体してるじゃねぇか。胸なんて零れんばかりだ。その体で毎晩あの〝死神〟を慰めてるのか?」

「〝死神〟に抱かれるぐらいなら、人間様のほうがいいよな?」

 話が最悪な方向に転がり、シャーロットは歯噛みする。

 このままでは、とんでもない事が起こってしまうかもしれない。

 それだけは回避しなければ。

 手を口元にやり、唇で指に触れると、左手の薬指には婚約指輪と結婚指輪がある。

 加えて右手の人差し指には、十二歳の誕生日に父からもらった指輪も嵌まっている。

 物取りが目的でないのは幸いだ。

(――いざとなれば、お父様からもらった指輪に仕込んである毒薬を使えばいい)

 覚悟を決めながら、胸の奥にヒヤリと冷たい感情が落ちていくのを感じた。

 死ぬのは怖い。

 自害用の毒はなるべく苦しまずに逝ける物だが、死が優しいものとは思っていない。

 だが死ぬ苦しみより、夫に捧げたはずの身が汚されるほうが恐ろしい。

(私だって貴族の娘だわ。死に際ぐらい自身で選びます。英雄の妻を……甘く見ないで!)

「急に大人しくなったな? ビビったか?」

 覚悟はできたが、今すぐ死ぬ必要はない。

 自分にできる最善の策は、なるべく時間を稼いで助けを待つ事。

(ギル様。必ず助けてくださると信じています!)

 心の底には、夫は必ず自分を助けてくれるという確信があった。

 なら、自分は妻としてできる事をしなければ。

 武器は自害用の毒のみ。あとはどう機転をきかせるか――。

 シャーロットは男たちを怖がるふりをしつつ、時間を稼ぐ方法を考えていた。



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