死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています
「私の両親が生きていれば、君を温かく迎えていたと思ったが……、すまない」

 それを聞き、シャーロットは彼の両親が不慮の事故で亡くなった事を思い出した。

「馬車馬が暴走して、崖から転落したと新聞で見ました。不幸な事故だったと思いますし、ギル様が責任を感じられる事ではありません」

 励まそうとしたが、彼は隻眼でジッと目の前の空間を見つめて呟く。

「事故……、と言われているか」

「え?」

 シャーロットはギクリとして夫の言葉の続きを待つ。

「事故が起こったと聞いた当時、嫌な予感がした。タイミングが良すぎて、まるで……」

 ギルバートはそのあと何も言わず、シャーロットも気まずく黙る。

 やがて彼は溜め息をつき、座り直すと紅茶を一口飲んだ。

「すまない、不安な思いをさせたな。しかし事故について疑念を抱いている以上、いずれハッキリさせたいと思っている。すべて解決したら君にも報告する」

 そう言って微笑するギルバートは、やはり自分を慮ってくれていると確信した。

 シャーロットは彼に笑いかけられるたび、秘められた優しさを感じ、自分のなかで決意が固まっていく事も自覚していた。

「ギル様」

「ん?」

「私は戦う事もできないただの女性です。ですが私はエルフィンストーン王国の元帥閣下の妻になりました。その名に恥じない女性になる覚悟はあります」

 午後の柔らかな日差しを浴び、シャーロットは穏やかに笑う。

 一見、彼女は虫一匹殺せない可憐な令嬢に見えるが、その奥には貴族の娘、元帥の妻としての芯がある。

 それを感じたギルバートは、静かな感動を味わった。

「ありがとう、シャル。君の覚悟に恥じないよう、私も務めを果たそう。そして君も国も守り抜く」

「はい」

 ちゃんと通じ合う事ができたと感じたシャーロットは、嬉しさのあまり笑みを零す。

「おいで、シャル」

 ギルバートがソファの座面を叩くと、彼女はテーブルを回り込んで彼の隣に座る。

 すると彼に顎を捉えられ、キスをされた。

 その柔らかな唇を感じると、彼が他人に何と言われようが、妻を愛する優しい人だと痛感する。

 唇が離れたあと、シャーロットは気になっていた事を口にした。

「もう一つ教えていただけませんか?」

「ん?」

 妻にそう言われ、ギルバートは不思議そうに隻眼を瞬かせる。

「舞踏会などに出ていると、ギル様を快く思わない方々の声が聞こえてきます。あなたが皆に恐れられている事は知っていますが、不快に思わないのですか?」

 もしかしたら不機嫌にさせてしまうかもしれないと覚悟したが、夫はおかしそうに笑った。

「特に何とも思っていない。私が多くの者を殺したのは事実だし、アリスに朴念仁と言われるぐらい無愛想だ。それが理由であだ名をつけられ、面白おかしく噂を広められても、粛清しようなど思わない」

「ですが……」

 納得いかないシャーロットが食い下がると、彼は穏やかな表情で言った。

「元帥の威信が揺らぐほどの出来事が起これば対処する。だが貴族たちの酒の肴になり、敵兵が怯えるあだ名をつけられるぐらい問題ない。シャルは私が悪魔を召喚して契約したとか、夜な夜な生き血を飲んでいるという話を信じるのか?」

「まさか!」

「だろう? 私が敵だと認識するのは、国や陛下を煩わせるものだ。あとは児戯に等しい」

「……分かりました」

 頷くと、ギルバートはわざと惚けた様子で付け加える。

「もっとも、君をネタに低俗な事を言われた時は、問答無用で剣を抜く」

 そう言ったギルバート目から、一切の感情が抜ける。

 夫の知らない一面を知った気持ちになったシャーロットは、ゾクリと背筋を震わせる。

「……いいえ。いけません」

 彼女は本能的に夫の手を握り、かぶりを振る。

「ギル様が元帥閣下としての矜持をお持ちなら、私も己の誇りを持ちたいです。どんな噂を流されても構いません。ギル様とお話して、再度そう思いました」

「……改めて感じるが、君はいい女だな」

 ギルバートは柔らかく笑うと、シャーロットを抱き寄せる。

「っあの……」

 昼間だというのに、夫は腰を欲の籠もった手で撫でてくる。

「ここではしない。だが、キスぐらいいいだろう」

 彼はそう言うと、妻をソファに押しつけ、貪るようなキスをした。

 二人は使用人たちが働く音を聞きながら、応接室で濡れたリップ音を立て、口づけを交わした。



**



 結婚後、すぐに住居を移したシャーロットは、二月宮で最初の朝を迎えた。

 彼女は夫と共にベッドでモーニングティーを飲み、着替えて朝食をとり、もう一度着替えて王宮へ向かう。

 ギルバートはいつも通りの黒い軍服を纏い、シャーロットはアイボリーのデイドレスを着た。

 結い上げられた髪には真珠や花飾りがあしらわれ、元帥の妻として相応しい装いだ。

 様々なあだ名が付けられた元帥と、可憐すぎる年下の妻。

 二人を見た者たちが、さも面白おかしく噂を流すのは想像にたやすい。

 だがシャーロットは昨日宣言した通り、人々の好奇の目をものともせず堂々と歩いていた。

 やがて二人は謁見の間に着き、呼び出し侍従が二人の到着を告げる。

「ブラッドワース公爵閣下、ならびに奥方のブラッドワース公爵夫人が参りました」

 すると厳かに扉が開き、目もくらむような豪奢な間が視界に入った。

 赤い絨毯が続く奥には玉座があり、そこには国王エドガーが座している。

 傍には王妃、王太子や王子、王女も控えている。

 玉座の手前には貴族たちが元帥の新妻を見ようと、詰めかけていた。

 覚悟していたものの、ここまで大勢の人に注目される事がなかったシャーロットは、緊張して足がもつれないよう、なるべく丁寧に歩いた。

 だがギルバートがエスコートしてくれなかったら、今頃躓いていたかもしれない。

「国王陛下にはご機嫌麗しく」

 ギルバートは程よい距離で立ち止まり、胸に手を当てて礼をする。

 シャーロットはその斜め後ろで深くカーテシーした。

 六十歳手前のエドガーは、目を細めて満足げに二人を見ている。

「ギルバートよ、幸せか?」

「陛下が素晴らしい女性を紹介してくださったお陰です」

 エドガーは興味を隠さずギルバートに新婚生活を聞き、シャーロットはそれに合わせて笑みを浮かべる。

 謁見の間での形式的な挨拶が終わり、場所を変えて国王と元帥夫婦との親密な会食に移ろうとした時だった――。

「……時に陛下。ブラッドワース閣下が十月堂事件の際に、刺客と話していた事については不問に処されたままですか? 和平の場を乱した者など、一刀のもとに斬り伏せればいいものを、あのように話し込んでいたのでは、刺客と通じていたのでは? と疑問を持たれても仕方ありません」

 そう言ったのは神経質そうな顔をした、鷲鼻の男だ。

 白髪が交じった髪をしていて、四十代後半から五十代に見える彼は、野心で目をギラギラと光らせている。

 シャーロットはその男性を一瞬見て、苦手意識を抱いた。

 彼がギルバートに良からぬ感情を抱いているのは、すぐに分かるからだ。

 周囲の貴族たちも、その男性の輪を乱す言動に非難する目を向ける。

 だが中には彼に同意する表情をしている者や、事の成り行きを興味津々で見守っている者もいる。

「スローン、今はその話をすべきではない。私は今日、ブラッドワース公爵と夫人を迎えている。誰が一年前の事を持ち出して、場を悪くしろと言った」

 エドガーも気分を害したようで、スローンと呼ばれた男性に眼光鋭く睨む。

 それから気分を変えると、ギルバートとシャーロットに笑顔を向けた。

「二人とも嫌な思いをさせたな。さぁ、食事をしよう」

 ギルバートに促され、シャーロットはその場の者たちにカーテシーする。

 後ろからは「陛下のお気に入りに文句をつけるから……」と聞こえ、ギルバートを擁護しているのだろうが、どことなく居心地が悪い。

 夫と共に謁見の間を辞す間も、後ろから突き刺すような視線を感じて落ち着かない。





 場所を変えての会食はつつがなく行われ、エドガーは夕方までお気に入りのギルバートを離さなかった。

 日が落ちる頃になって二月宮に戻ったシャーロットは、疲れを覚えてすぐに眠ってしまった。



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