あの人が来ると、空気が変わる―正論では、人は動かない―
■第3話 ちゃんと言ってるのに、なんで伝わらないの?
夜。
キッチンのシンクに、食器が積み重なっている。
リビングでは、テレビの音。
ソファに座る夫――結城 悠斗は、スマホを見ながらくつろいでいた。
「ねえ」
美咲が声をかける。
「この前言ったよね?ゴミ出し、朝お願いって」
「うん」
短い返事。
でも、視線はスマホのまま。
「今日、出してないよね?」
「……あー」
少しだけ顔を上げる。
「忘れてた」
その一言で、胸の奥がざわつく。
「忘れてた、じゃなくてさ」
思わず声が強くなる。
「何回も言ってるよね?」
「言ってるけどさ」
悠斗は、少しだけ面倒くさそうに眉をひそめた。
「そんな怒らんでもよくない?」
――まただ。
なんで、こっちが悪いみたいになるの?
「怒ってるんじゃなくて、ちゃんとやってほしいだけなんだけど」
「だから、忘れてただけだって」
「それが続いてるから言ってるの!」
空気がピリッと張り詰める。
悠斗はため息をついた。
「そんな毎回言われてもさ…」
「じゃあどうすればいいの?」
言葉がぶつかる。
でも、どこかズレている。
――伝わってない。
その時だった。
「ちょっといい?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、キッチンの入り口に、あの女性が立っていた。
「……え?」
美咲が目を見開く。
女性は、ふたりの間に視線を向けた。
「今のさ、“言ってるのに伝わらない”やつだよね」
ドキッとする。
「言ってる側は、“ちゃんと伝えた”って思ってる」
美咲の方を見る。
「でも、受け取る側は、“聞いた”で終わってる」
今度は悠斗の方を見る。
悠斗は、少しだけ視線を逸らした。
「ねえ」
女性は続ける。
「“やってほしいこと”ってさ、言っただけじゃ動かないよ」
静かに言い切る。
「なんでか分かる?」
誰も答えない。
「“いつ・どのタイミングで・どうやるか”が決まってないから」
――あ。
美咲の中で、何かが繋がる。
「ゴミ出しお願いって言われてもさ」
女性は軽く肩をすくめる。
「朝のどのタイミング?
起きてすぐ?出る前?
袋まとめるのは誰?」
言葉が、具体的に落ちてくる。
「そこ曖昧だと、“あとでやろう”で終わる」
悠斗が、少しだけうなずいた。
「で、忘れる」
シンプルだった。
でも、それだけだった。
「じゃあどうするか」
女性はふたりを見る。
「一緒に決めればいい」
「……一緒に?」
美咲がつぶやく。
「うん。“やって”じゃなくて、“どうする?”って」
少し間を置いて、
「例えばさ」
女性は悠斗に視線を向ける。
「朝、いつならできそう?」
悠斗は少し考えて、
「…出る前ならいける」
「じゃあ、出る前にゴミ出すって決める?」
「うん」
「袋まとめるのは?」
美咲が答える。
「前の日の夜にやる」
「じゃあそれでセットね」
女性は軽くうなずいた。
「これで、“やること”が見えたでしょ」
さっきまでのイライラが、少しだけ薄れているのを感じる。
――あぁ。
「言ってた」のに、
「決めてなかった」
だけなんだ。
「…ごめん」
悠斗が小さく言った。
「ちゃんと決めてなかったな」
美咲も、ふっと力が抜ける。
「ううん、私も…」
その時にはもう、
女性の姿はなかった。
ただ、
キッチンの空気だけが、少し柔らかくなっていた。
キッチンのシンクに、食器が積み重なっている。
リビングでは、テレビの音。
ソファに座る夫――結城 悠斗は、スマホを見ながらくつろいでいた。
「ねえ」
美咲が声をかける。
「この前言ったよね?ゴミ出し、朝お願いって」
「うん」
短い返事。
でも、視線はスマホのまま。
「今日、出してないよね?」
「……あー」
少しだけ顔を上げる。
「忘れてた」
その一言で、胸の奥がざわつく。
「忘れてた、じゃなくてさ」
思わず声が強くなる。
「何回も言ってるよね?」
「言ってるけどさ」
悠斗は、少しだけ面倒くさそうに眉をひそめた。
「そんな怒らんでもよくない?」
――まただ。
なんで、こっちが悪いみたいになるの?
「怒ってるんじゃなくて、ちゃんとやってほしいだけなんだけど」
「だから、忘れてただけだって」
「それが続いてるから言ってるの!」
空気がピリッと張り詰める。
悠斗はため息をついた。
「そんな毎回言われてもさ…」
「じゃあどうすればいいの?」
言葉がぶつかる。
でも、どこかズレている。
――伝わってない。
その時だった。
「ちょっといい?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、キッチンの入り口に、あの女性が立っていた。
「……え?」
美咲が目を見開く。
女性は、ふたりの間に視線を向けた。
「今のさ、“言ってるのに伝わらない”やつだよね」
ドキッとする。
「言ってる側は、“ちゃんと伝えた”って思ってる」
美咲の方を見る。
「でも、受け取る側は、“聞いた”で終わってる」
今度は悠斗の方を見る。
悠斗は、少しだけ視線を逸らした。
「ねえ」
女性は続ける。
「“やってほしいこと”ってさ、言っただけじゃ動かないよ」
静かに言い切る。
「なんでか分かる?」
誰も答えない。
「“いつ・どのタイミングで・どうやるか”が決まってないから」
――あ。
美咲の中で、何かが繋がる。
「ゴミ出しお願いって言われてもさ」
女性は軽く肩をすくめる。
「朝のどのタイミング?
起きてすぐ?出る前?
袋まとめるのは誰?」
言葉が、具体的に落ちてくる。
「そこ曖昧だと、“あとでやろう”で終わる」
悠斗が、少しだけうなずいた。
「で、忘れる」
シンプルだった。
でも、それだけだった。
「じゃあどうするか」
女性はふたりを見る。
「一緒に決めればいい」
「……一緒に?」
美咲がつぶやく。
「うん。“やって”じゃなくて、“どうする?”って」
少し間を置いて、
「例えばさ」
女性は悠斗に視線を向ける。
「朝、いつならできそう?」
悠斗は少し考えて、
「…出る前ならいける」
「じゃあ、出る前にゴミ出すって決める?」
「うん」
「袋まとめるのは?」
美咲が答える。
「前の日の夜にやる」
「じゃあそれでセットね」
女性は軽くうなずいた。
「これで、“やること”が見えたでしょ」
さっきまでのイライラが、少しだけ薄れているのを感じる。
――あぁ。
「言ってた」のに、
「決めてなかった」
だけなんだ。
「…ごめん」
悠斗が小さく言った。
「ちゃんと決めてなかったな」
美咲も、ふっと力が抜ける。
「ううん、私も…」
その時にはもう、
女性の姿はなかった。
ただ、
キッチンの空気だけが、少し柔らかくなっていた。