【忙しい人のための】シン・安倍晴明物語~天才陰陽師の恋~
第1話 陰陽道への誘い
延長八年(930)六月末、満月丸(後の安倍晴明)の屋敷に、父の安倍益材に仕える陰陽師の賀茂忠行が訪ねてきた。一週間後は七夕でもあり、満月丸の誕辰でもある。満月丸は忠行から誕辰の日について忠告を受ける。「この日は暦道において最凶の黒日である。厳重に門戸を閉ざし、一日中屋敷に籠もらなければならない。もし外出すれば、災いは避けられないだろう」。つい先日、清涼殿落雷事件があったばかりである。この事件は菅原道真の怨霊の仕業だと噂されており、鬼の目撃情報もある。確かに、この時期に外を出歩くのは危険だろう。満月丸は忠行の言いつけを守ると約束した。
誕辰の日、満月丸は対の屋に籠もり読書や習字をして暇を潰した。特に変事は起こらず、夜を迎えた。あとは寝るだけだ。だが、せっかくの七夕に二星の逢瀬を見ないのはもったいない。満月丸は縁側に出て天を見上げた。空には雲ひとつなく、天の川がはっきりと見えた。
ふと、一つの星が満月丸の目に留まった。その星は眩しい光を放ちながら、地上に向かって緩やかに落ちていく。満月丸はその流星から目が離せなかった。流星が落ちて見えなくなると、満月丸は胸に痛みを覚えた。痛みは徐々に増し、彼は堪えられなくなって床に臥した。そして、そのまま意識を失ってしまった。
満月丸が意識を取り戻したとき、彼は広大な川の岸辺にいた。星一つない闇夜の下に、彼岸花が咲き乱れている。辺りには、蛍のような無数の淡い光が漂っている。ここは三途の川だろうか。
満月丸が岸辺を散策していると、向こうから一人の若い女が駆け寄ってきた。天女のような風貌である。彼は立ち止まり、女がこちらに来るのを待った。間近で見ると、光り輝くような顔をしている。満月丸は思わず俯いて顔を赤らめた。
女は満月丸の手を取る。「ここに留まっていてはいけないわ。私と共にあの橋を渡りましょう」。遥か向こうに赤い橋が掛かっている。橋を渡ればあの世にたどり着き、現世に戻ることは叶わないだろう。満月丸は女の手を振り払う。生涯を終えるには、あまりに短すぎると。女は怯まなかった。「このまま留まり続ければあなたの魂は遊霊と化し、永遠に忘川を漂うことになる。そうなれば、生まれ変わることもできないのよ」。満月丸が動揺していると、女は再び彼の手を取り、橋に向かって走り出した。
橋の中央まで来たところで、対岸の方から厳かな鐘の音が響いた。満月丸は全身から淡い光を放ち、消えていく。女は満月丸の手を掴んでその場に留めようとするが、その甲斐もなく彼は女の前から姿を消した。
目覚めた満月丸は、対の屋に横たわっていた。現世に生還できたのである。胸の激しい痛みも消え去っていた。外に出ると、日が高く昇っている。あの世をさまよっている間に、夜が明けたのであろう。満月丸は、屋敷に人の気配が少ないことに気づいた。不思議に思っているところへ、忠行が訪ねてきた。
忠行が父の訃報を知らせてきた。あの流星は、父の死を知らせていたのだろうか。すでに葬儀は行われ、益材は鳥辺野に葬られた。満月丸は幼くして両親を失ってしまった。母は満月丸が四歳のときに突然行方をくらましたままである。庶子である彼に前途などない。いっそ、あの世に渡り輪廻転生を迎えたほうがましだったかもしれない。途方に暮れる満月丸に対し、忠行は賀茂家に来ないかと誘う。忠行は、平安京でも名の知れた陰陽師である。今よりはいい暮らしができるだろう。満月丸は忠行の提案を受け入れた。
二人が賀茂邸に帰ると、忠行の息子保憲が出迎えた。保憲は満月丸の境遇を憐れみ、彼を家族の一員として快く受け入れた。このようにして、満月丸の慌ただしい一日が終わった。
その日の夜、満月丸は不思議な夢を見た。夢の中で、彼は再び忘川のほとりに横たわっていた。一瞬、今度こそ本当に死んでしまったのかと焦燥感に駆られた。だが、前回とは違い、少し離れた先で、獄卒の鬼が大勢の死者を冥界に案内しているのが見えた。満月丸は、奈何橋を渡らずして冥界側の忘川に来てしまったのだ。彼らには、満月丸の存在は認識できていないようである。
やがて、忘川で出会った女が満月丸の前を横切った。彼女の後をつけて行くと、荘厳な宮殿にたどり着いた。女は伝説上の閻魔大王のような風貌の男に拝謁した。彼こそ、人間の生死を司る冥界の主神・泰山府君である。このとき、満月丸は女が泰山府君の娘で玉屑という名前だと知る。
玉屑は、今日が命日の死者の中で、遊霊になった者はいるか尋ねた。泰山府君は司命という神仙に死籍を調べさせた。司命は泰山府君の側近で、人間の生死を記録しているらしい。奈何橋を渡れず遊霊になった者はいなかった。玉屑は安堵した。同時に、晴明は夢から醒めた。
翌朝、夢から醒めた満月丸は朝餉の場で夢の内容を話題にした。保憲は、満月丸の心が映し出した幻なのだと推し量る。夢というものは、往々にしてその人の精神状態を反映するのだと。それを聞いた満月丸は、己の中にあのような幻想的な光景を生み出す心があったのかと信じられない気持ちでいた。
数年が経過し、満月丸は元服のときを迎えた。彼は忠行から成人の証として晴明という名を賜った。賀茂氏は暦道を生業とする一族であり、保憲は陰陽寮に入り暦道の生徒となった。晴明もまた保憲に付き従った。
承平八年(938)四月、晴明が陰陽寮で講義を受けていると、上空に黒雲が立ち込めた。晴明は硯の墨が揺らめくのを目にして地震を予期したが、陰陽寮の誰も本気にしなかった。ところが、まもなくして地が震え始めたのである。
誕辰の日、満月丸は対の屋に籠もり読書や習字をして暇を潰した。特に変事は起こらず、夜を迎えた。あとは寝るだけだ。だが、せっかくの七夕に二星の逢瀬を見ないのはもったいない。満月丸は縁側に出て天を見上げた。空には雲ひとつなく、天の川がはっきりと見えた。
ふと、一つの星が満月丸の目に留まった。その星は眩しい光を放ちながら、地上に向かって緩やかに落ちていく。満月丸はその流星から目が離せなかった。流星が落ちて見えなくなると、満月丸は胸に痛みを覚えた。痛みは徐々に増し、彼は堪えられなくなって床に臥した。そして、そのまま意識を失ってしまった。
満月丸が意識を取り戻したとき、彼は広大な川の岸辺にいた。星一つない闇夜の下に、彼岸花が咲き乱れている。辺りには、蛍のような無数の淡い光が漂っている。ここは三途の川だろうか。
満月丸が岸辺を散策していると、向こうから一人の若い女が駆け寄ってきた。天女のような風貌である。彼は立ち止まり、女がこちらに来るのを待った。間近で見ると、光り輝くような顔をしている。満月丸は思わず俯いて顔を赤らめた。
女は満月丸の手を取る。「ここに留まっていてはいけないわ。私と共にあの橋を渡りましょう」。遥か向こうに赤い橋が掛かっている。橋を渡ればあの世にたどり着き、現世に戻ることは叶わないだろう。満月丸は女の手を振り払う。生涯を終えるには、あまりに短すぎると。女は怯まなかった。「このまま留まり続ければあなたの魂は遊霊と化し、永遠に忘川を漂うことになる。そうなれば、生まれ変わることもできないのよ」。満月丸が動揺していると、女は再び彼の手を取り、橋に向かって走り出した。
橋の中央まで来たところで、対岸の方から厳かな鐘の音が響いた。満月丸は全身から淡い光を放ち、消えていく。女は満月丸の手を掴んでその場に留めようとするが、その甲斐もなく彼は女の前から姿を消した。
目覚めた満月丸は、対の屋に横たわっていた。現世に生還できたのである。胸の激しい痛みも消え去っていた。外に出ると、日が高く昇っている。あの世をさまよっている間に、夜が明けたのであろう。満月丸は、屋敷に人の気配が少ないことに気づいた。不思議に思っているところへ、忠行が訪ねてきた。
忠行が父の訃報を知らせてきた。あの流星は、父の死を知らせていたのだろうか。すでに葬儀は行われ、益材は鳥辺野に葬られた。満月丸は幼くして両親を失ってしまった。母は満月丸が四歳のときに突然行方をくらましたままである。庶子である彼に前途などない。いっそ、あの世に渡り輪廻転生を迎えたほうがましだったかもしれない。途方に暮れる満月丸に対し、忠行は賀茂家に来ないかと誘う。忠行は、平安京でも名の知れた陰陽師である。今よりはいい暮らしができるだろう。満月丸は忠行の提案を受け入れた。
二人が賀茂邸に帰ると、忠行の息子保憲が出迎えた。保憲は満月丸の境遇を憐れみ、彼を家族の一員として快く受け入れた。このようにして、満月丸の慌ただしい一日が終わった。
その日の夜、満月丸は不思議な夢を見た。夢の中で、彼は再び忘川のほとりに横たわっていた。一瞬、今度こそ本当に死んでしまったのかと焦燥感に駆られた。だが、前回とは違い、少し離れた先で、獄卒の鬼が大勢の死者を冥界に案内しているのが見えた。満月丸は、奈何橋を渡らずして冥界側の忘川に来てしまったのだ。彼らには、満月丸の存在は認識できていないようである。
やがて、忘川で出会った女が満月丸の前を横切った。彼女の後をつけて行くと、荘厳な宮殿にたどり着いた。女は伝説上の閻魔大王のような風貌の男に拝謁した。彼こそ、人間の生死を司る冥界の主神・泰山府君である。このとき、満月丸は女が泰山府君の娘で玉屑という名前だと知る。
玉屑は、今日が命日の死者の中で、遊霊になった者はいるか尋ねた。泰山府君は司命という神仙に死籍を調べさせた。司命は泰山府君の側近で、人間の生死を記録しているらしい。奈何橋を渡れず遊霊になった者はいなかった。玉屑は安堵した。同時に、晴明は夢から醒めた。
翌朝、夢から醒めた満月丸は朝餉の場で夢の内容を話題にした。保憲は、満月丸の心が映し出した幻なのだと推し量る。夢というものは、往々にしてその人の精神状態を反映するのだと。それを聞いた満月丸は、己の中にあのような幻想的な光景を生み出す心があったのかと信じられない気持ちでいた。
数年が経過し、満月丸は元服のときを迎えた。彼は忠行から成人の証として晴明という名を賜った。賀茂氏は暦道を生業とする一族であり、保憲は陰陽寮に入り暦道の生徒となった。晴明もまた保憲に付き従った。
承平八年(938)四月、晴明が陰陽寮で講義を受けていると、上空に黒雲が立ち込めた。晴明は硯の墨が揺らめくのを目にして地震を予期したが、陰陽寮の誰も本気にしなかった。ところが、まもなくして地が震え始めたのである。