この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
 イザークはワイングラスを片手に無表情で私を見つめている。そして目が合うと、戸惑ったように視線を逸らす。その頬はほんのりと赤くなっているのだから、酒に弱いのかもしれない。

 でも、お酒に酔っているなら、ちょうどいい。話すことで本音をこぼしやすくなるかもしれない。

 父はお酒を飲みすぎて、饒舌になるタイプだったし。
 彼はどうなのかしら。

「あ、そう言えば――」

 前にドリーと話したことを思い出した。イザークは静かに耳を傾け、話の続きを待っているようだった。

「まだお若いのですから、そう気に病むことはないと思いますけど……」

 私は口にするべきか迷った。だが、北部の未来のことだから、伝えておいたほうがいいだろう。いろいろな選択肢があることを知ってもらいたい。

 万が一、悩んでいたのなら力になりたいし。
 イザークはなにを言われているのか、理解できていないような顔をしたあと、ワイングラスを傾けた。

「あなたがお悩みでしたら、南部のいいお医者様をご紹介できますわ」
「なんの?」

 眉をひそめたイザークに小声で告げる。

「男性の下半身不調ですわ」

 イザークはすぐさま、ワインを噴き出した。

「なっ……」

 真っ赤になって焦った顔が、少し幼く見える。

「治療を始める気になったら、言ってくださいね! 南部に向けて手紙を書きますから」

 両親のつてをたどれば、すぐにでも診察できるだろう。

「な、な……」

 動揺して手をプルプルと震わせている様子を見るに、先走りすぎちゃったかな。

「早とちりをしていたら申し訳ないです。もしや恋愛対象は同性だったりしますか?」
「どうしてそこまで話が飛ぶんだ!!」
「ごめんなさい。私としては良かれと思ったのですが、デリケートな話題ですものね。踏み込みすぎました」

 詰め寄りすぎたと反省した。
 イザークは頭をグシャグシャとかきむしると、盛大なため息をついた。

「なんなんだ……。まったく調子が狂う」

 どうやら私の存在がイザークの日常をかき乱しているみたいだ。

 もう余計なことは話さないことにしよう。ナイフとフォークのこすれる音だけがダイニングに響く。
 イザークの叫んだ声に驚いたのか、使用人たちは遠巻きに見ているだけだ。

「――俺は別に病気なんかじゃない」

 ポツリとつぶやいた言葉を聞き、ホッとした。

「まあ、良かったですわ」

 カロン侯爵家の断絶の可能性が下がった、ということだ。

「日々元気なようでしたら、安心しましたわ」
「誤解を招くような言い方はやめろ」

 イザークは赤い顔で叫ぶ。

「ついでに言うと好みは同性じゃない」
「そうなのですね」

 男性機能も問題ない、恋愛対象も女性だとくれば、私と初夜を迎えなかった理由が思いついてしまった。

「それならば、よほど、私のことは趣味ではなかったのでしょうね」

 本当に好きな人がいて、その相手に操を立てたのかどうかわからないが、初夜を迎えて手を出されなかったというのは、そういうことだ。

 するとイザークが弾かれたように顔を上げた。

「違っ、それは――」
「いえ、気にしないでください」

 彼は焦った様子だったが、別に責めるつもりはない。だってそれは仕方のないことだから。

 王命結婚の相手が気に入らなくて初夜を迎える気がなかった、ただそれだけのこと。
 食べ物の好みもあるように、女性の好みもあるのだろう。

 イザークは急に黙り込んでしまった。どうやら言いたくないらしい。なら、問い詰めるのはよそう。

「それはそうと、明日も街に行きたいので、ロゼールを貸していただけますでしょうか?」

 名指しで指名すると、いささかムッとしたようだ。こめかみがピクリと動いた。

「あいつが、なぜ? どうしてあいつなんだ」
「今日、一緒に過ごして、とても楽しかったからです」

 ロゼールは思いのほか、よく働いてくれた。それにテキパキと動き、気持ちがよい。気遣いもできて、会話も弾む。私はロゼールを高く評価していた。

 名義上、夫であるイザークよりも、今のところロゼールの方が親しいんじゃないかしら?

 そんな風に思え、クスリと笑った。
 それに私を手伝ってもらわねば困るのだ。

 イザークは両腕を組み、なぜか不満げに顔をしかめた。
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