この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
「あ、あれは……!」

 ハッとして顔を上げた彼の胸にそっと手を置いた。顔を真っ赤にするイザークを見つめる。

「ですが、今はとても嬉しく思います」

 いきなり南部から来た私のことが、受け入れられなかったのは仕方がない。だが、今では考えが変わったということだろう。

 だからこそ、私がメイドから粗末な扱いを受けていると知り、激怒したのだ。

「ありがとうございます。イザークは優しいですね」

 ふわりと微笑むとイザークは言葉に詰まった。
 胸にあてている手に、服越しでも心臓がドクドクと激しい音を刻んでいるのが伝わる。

「でも、薪は申し訳なく思いますわ」

 南部出身なので寒さに弱いのは事実だ。

「薪は貴重な資源ですし、私のせいで消費が――」
「そんなことは気にしなくていいんだ!!」

 イザークが私の両肩をガシッとつかみ、顔をのぞき込んでくる。

「むしろ、いくらでも使ってくれ。薪などまたとってくればいいんだ。寒い思いだけはしないでくれ! 風邪をひかれては困る!!」

 イザークは真剣な表情でまくしたてる。
 その様子に頬がほころぶ。

「ありがとうございます、イザーク」

 彼は私と目が合うと、真っ赤な顔をしてプイッと逸らした。
 そんなイザークがとても可愛らしく思えてしまった。

「この後、時間はありますか?」

 質問するとごくりと息を呑んだ。

「部屋に紅茶を頼みましたので、良かったらご一緒しませんか?」
「……いいのか」

 おずおずと遠慮がちにたずねたイザークに、もちろんと答えた。
 
 ***

「それでどうやってイザーク様を納得させるおつもりですか?」
「それなのよね」

 イザークとお茶を飲んで数日後、部屋でドリーと作戦会議が行われていた。

「イザークに、私の治癒力について話したの。これから先、知っておいた方がいいかと思って」

 この力についてはごく一部の人しか知らない極秘情報だった。ドリーはもちろん知っている。

「まあ、イザーク様なら大丈夫でしょう。口は固いでしょうし」

 めったに男性を褒めないドリーが褒めたので、嬉しくなる。……でも、なぜ私は嬉しく思うのだろう。
 そんな自分が不思議に思いつつ、首を傾げる。

 その時、外が騒がしいことに気づく。

「あら、あれは……」

 大きな黒い物体が台車に乗せられ、城門から入ってくる。いったい、なにを運んでいるのだろう。

 ドリーを連れて行ってみることにした。

 外に出ると騒がしく、騎士たちが集まっていた。

「どうしたのかしら?」
「あっ、シャルロット様」

 騎士たちは私に気づくと道を開けてくれた。

 台車が狭く感じられるぐらい大きく、横たわっている黒い物体があった。

 真っ黒な毛に覆われ、爪はすごく鋭い。引っ掻かれたら、ケガだけではすまないだろう。それになにより、額からは鹿のような大きな角が生えているし、目が三つある。

「あれはホーングリズリーですね」

 ドリーが耳元でぼそっとつぶやいた。

「知っているの?」

 ドリーは小さくうなずいた。

「非常に気性が激しく獰猛、一度スイッチが入ったら手がつけられないほど攻撃をしてくる、執念深い魔物です。ですがその角は薬になり、毛皮は温かく、高値で取引されています。ただ――」

 ドリーの説明途中でイザークが私に気づき、近寄って来た。

「おかえりなさい、イザーク。こんなに大きな魔物……よくご無事で」

 イザークは瞬きをすると、視線を逸らす。

「北部の冬は長く、寒い。南部から来たあんたが耐えられるか心配だ。この魔物の毛皮は、すごく暖かい」
「そうなのね。確かにフワフワしているわね」

 顔つきこそ恐ろしいが、毛並みはやわらかそうに見える。

「だから、この冬は使って欲しい」

 私のために危険を冒して捕まえてきたのだろうか。

 お礼を言おうと彼を見て、ハッとする。

「どうしたの、それ!」

 イザークの腕から出血していた。簡素な布を巻いているが血が滲み、とても痛そうだ。

「心配ない。少しかすっただけだ」

 イザークは心配かけまいとサッと腕を隠した。

「そうですよ、シャルロット様。このホーングリズリーを相手に、それぐらいで済んだら軽症っすよ」

 軽口をたたいたのはロゼールだった。

「このホーングリズリーの毛皮はとても温かくて、高値で取引されています。寝具として使用すると朝までポカポカですよ。イザーク様がシャルロット様のために、どうしても準備したいと、前々から計画を立てていまして」

 まさか、私のために危険を冒してまで退治しに行ったと言うの?

 イザークに顔を向けると彼は視線を逸らす。

「最近、街の近くに出没していたから危険だと思って、駆除を決めただけだ」

 ほんのりと頬を染めたイザークは口を尖らせた。

 もし私のためならとても嬉しい。だが――。

「危ない!!」

 ドリーの叫び声にハッと我にかえる。
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