キャラメリゼ ワンルーム

第三章

 
 
 
 
 
 
翌日、出来上がったメレンゲタルトを箱に入れて、スタジオに持っていった。
午前のレッスンが終わり休憩時間になると、休憩室のテーブルに置く。
今日出勤しているスタッフに食べてもらおう。

「あれ、健太郎さんは今日いないんでしたっけ?」
「うん、今日は本社に行くって言ってた!」

シフトでは出勤だったはずだけどと桃香に確認したところ、本社に行っていると言われて楓は面食らう。
そうなのか、食べてもらおうと思ってたのにな、できることならちょっと感想とか評価してもらえたら嬉しいななんて思っていたんだけれど。

小ぶりのタルト一台を楓が抱えているのを見て、桃香が楓に言った。

「下は?ショップの人たちにあげたら?」
「確かに!そうしますー」

一階にあるショップの店員たちとは交流も多く、お互い顔見知りだ。
職業柄、沢山できたお菓子などをお裾分けすることも多く、自分の作ったお菓子を配る人もいる。

ちょうど誰か休憩してるかな、とエレベーターを降りてショップのバックヤードに入ると、ちょうど在庫の段ボールと睨めっこをしていた皆川がこちらを向いた。

「こんにちは、楓さん」
「皆川さん!こんにちは」
「どうしたんですか?」
「これ、私が家で作った紅茶とイチジクのメレンゲタルトなんですが、皆さんでどうかなって」
「いいんですか!?」

皆川が嬉しそうに楓に駆け寄ってきて、箱を受け取った。
まるで子犬のようで、楓は思わず笑みをこぼす。

「僕、ちょうど休憩なので今からいただきます!パートさんが先日くださった紅茶が美味しいので、楓さんもぜひ!」
「わぁ、いいんですかー?」
「はい!行きましょう休憩室!」

ワクワクした様子の皆川に連れられて休憩室に入ると、中には誰もいなかった。
ロッカーとテーブルと椅子が置かれただけの小さな部屋に、皆川と並んで座る。
何度も来たことがある場所なので、皆川が紅茶を準備している間に勝手に紙皿を出してそこにケーキを置いた。

「そうだ楓さん、これ良かったら」
「え?」

そう言って皆川が、ロッカーから出したらしい袋を座る楓の前に置いた。
クッキーが五枚ほど入った透明な筒状のプラスチックには、可愛らしいシールとリボンがついている。

「こないだ、パン屋さん付き合ってくれたお礼です、渡そうと思ってて」
「え!そんなの!全然お礼なんていいですよ!」
「お礼とか言ってますけど、こないだ美味しいお菓子屋さん見つけただけなので、ただの共有です」

そう言って微笑んだ皆川に、楓は笑みが溢れた。
皆川はティーバッグをマグカップに入れて、ポットのお湯を注いだ。
見たことのない銘柄の箱を楓が興味津々で見ていると、「タイに行ったそうで、そこの有名ブランドらしくて」と皆川が言った。

「わざわざありがとうございます」
「いえ、僕が楓さんのケーキすぐ食べてすぐ感想言いたかっただけですよ」

ティーバッグの紐がマグカップの縁で小さく揺れ、お湯の熱で茶葉がゆっくりと開いていく。
マグカップの底からは琥珀色の波紋が広がり、タイの紅茶特有のバニラに似た甘い香りが、狭い休憩室に充満し始めた。

窓のない休憩室には、換気扇の回る低い音だけが響いている。
二人が並んで座ると、スチール製のロッカーの表面に自分たちの姿が歪んで映り込み、隣に座る皆川の肘が楓の袖に触れそうなほど、テーブルは小さく限られていた。

「クッキー、勿体無いのでお家に帰ってから食べますね」
「ぜひ。僕、最近回り回ってクッキーが一番その店の良さが分かる気がしちゃってて、クッキー絶対買っちゃうんですよね」
「え!わかります!私もそうです!健太郎さんはマドレーヌが一番分かるって言ってました!」
「やっぱりそうですよねー!わー、マドレーヌか。僕も買ってみよう」

そう言いながらティーバッグの持ち手をゆらゆらと待ちきれないように揺らす皆川は、なんだか怜と同い年とは思えない。
ポットから上がる真っ直ぐな湯気が天井に向かってゆっくりと消えていく。
スタジオでもそうだが、少しだけ専門的な話ができるのが楽しくて、楓はその動きを見つめながら口を開く。

「ちなみに、パン屋さんだと何買います?」
「わー、迷うけど、シンプルなカンパーニュとか食パンとか絶対買っちゃいますね」
「え!私もそうです!カンパーニュ大好きで!」

皆川が目を輝かせて「僕もです!」と言った。
楓はその様子が面白くて、笑った。
休憩室には店内のBGMが微かに漏れていて、目の前のマグカップからは紅茶のいい香りがしてくる。

「楓さん、高加水なものの方が好きですか?」
「はい、中がモッチモチのが好きで!」
「知ってます?神楽坂にめちゃくちゃ高加水のカンパーニュあるんですよ」
「え!神楽坂!知らないかも!」

楓が思わず興奮しながらそう返すと、皆川が笑いながら、「良かったら今度ご一緒しません?」と言った。

「はい!ぜひ!平日ですか?」
「イートインもあるんですが、平日だと割と空いてるんですよ」
「いいですねえ」

楓がそう言うと、皆川が嬉しそうに笑った。
テーブルの上には楓が持ってきたケーキが置かれたままで、きっと紅茶がきちんと入るのを待っているのだろう。自分の作ったものを大切にされているようで嬉しくなる。

「女性が多くて一人で入るの気が引けてて…イートイン限定メニューもあるみたいなので、嬉しいです」
「私もパン屋さん情報教えてもらえて嬉しいです」
「じゃあ日にちはまた連絡しますね」
「はい、ぜひ」

皆川が「そろそろいいですかね」と言ってティーカップに口をつけて、飲んだ。
まだ熱いのではないかなと思っていると、楓の予想通り「アチッ」とすぐに口を離したので思わず吹き出した。

そのあとは大きめの一切れを美味しい美味しいと食べてくれ、そこそこ上手にできたのではないかと思っていたメレンゲの絞りも褒めてもらえて、楓はホクホクとした気持ちでスタジオに戻った。

「ただいまですー」
「おかえりー、一緒に食べてきたの?」

桃香にそう聞かれて、「皆川さんがちょうど休憩だったらしく一緒に紅茶もいただきました」と楓は言った。
桃香はちょうど休憩室の中央で、他のスタッフと雑談をしていた。

「ふーん?」
「そうだ、皆川さんと神楽坂のパン屋さんに行こうって話をしてたんですが、桃香さんも一緒にどうですか?」
「うん?」

桃香の隣に座り、「美味しかったわよ」とスタッフからの言葉に照れ笑いをしていた楓だったが、その肩を急に桃香に掴まれて思わず身体が固まる。

「皆川さんと?いつ?こないだ行ったって言ってたパン屋は近所だったけど、神楽坂なら休憩中には行けないでしょ?」
「お休みの日です、イートイン限定メニューを食べに行こって」
「…どっちから誘ったの?」
「?皆川さんですよ、前から気になってたけど、女性が多いから入れなかったんですって」

真剣な顔で楓に質問をしていた桃香だったが、その言葉を聞くと「はぁ」とため息を吐いた。
わざとらしく目の前の主婦スタッフを見つめ、やれやれと首を振ると、彼女はクスリと苦笑いをした。

「皆川さんが可哀想だから言うけどさぁ、それはデートのお誘いじゃん?」
「え?」
「勝手に私を誘わないでよ…私お邪魔虫すぎるって」
「…え?」

先ほど皆川から空いている日の候補を出されて、桃香に聞いてから返事をしようと思っていたスマホが、ポケットの中で心なしか熱い気がする。

「ちゃんと誘われたんだから、二人で行って来な」
「え…でもただのパン屋さん…」
「だからぁ」

桃香が焦ったそうに、何かを堪えるようにして楓の背中を叩いた。
目の前のパートさんも「皆川くんがねぇ」と言いながらニヤニヤとしているように見える。

え、待ってよ、だってそんなこと何にも考えてなくて。


「男女でお出かけ、すなわちデート。楓ちゃんはその辺が疎すぎる。恋愛してきた?今まで」
「そ、れなりに彼氏はいましたよ!」
「じゃあなんで?まぁとにかく、行って感想聞かせてね、皆川さんってどんな風なんだろうねー」
「待って、だってまだ何も」

楓の言葉は聞き入れられず、桃香と目の前の主婦が楽しそうにその話をし出す。
アワアワとしている楓を面白そうに見つめたあと、桃香が楽しそうに言った。

「美味しいパン屋さん、お土産よろしく」

楽しそうな二人を前に、楓だけが取り残されたような気持ちになった。
私、もしかしてミスった?

 
先ほど飲んだばかりの茶葉の後味が、気まずく舌に溶け出していった。 
 
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