王子の隣は問題児
王子、問題児と出会ってしまう
私立聖クラウン学園の朝は気品でできている。
正門前には季節の花が整然と並び、制服は皺ひとつなく、登校する生徒たちは「ごきげんよう」の一言すら、まるで練習した合唱のように美しい。
そんな学園の朝を、さらに完璧なものにしている存在がいた。
「おはようございます」
その一言だけで、女子生徒が三人ほど静かに赤面し、男子生徒が二人ほど無意識にネクタイを直す。
二年A組、生徒会長・天城恒一。通称、白銀の王子。
銀縁の眼鏡、隙のない制服、校則の化身みたいな歩き方。成績学年首席、品行方正、眉目秀麗。歩く校則ポスター。
「天城様、今日も素敵……」
「生徒会長って、寝癖とかつかないのかな……」
「たぶん寝起きでも校則守ってる」
守らない。寝起きは生徒会長だって普通に眠い。
だが、そんなことを誰も知らない。
天城は風紀委員に朝の挨拶をし、生徒会書記から本日の予定表を受け取り、花壇の乱れを三秒で整え、校門横に落ちていたゴミを拾った。
完璧だ。
だが、その完璧な朝は、一台のタクシーによって終わる。
キキィィィッ!
学園前に急停車したタクシーから、ひとりの男子生徒が転がるように降りてきた。
「すみません運転手さん! やっぱこの学校でした!」
「五分前にもそう言っただろうが!」
タクシーのドアに頭をぶつけ、鞄を落とし、拾おうとして靴紐を踏み、盛大に前につんのめる。顔から。
校門前が静まり返った。
だが、次の瞬間、
「……え?」
「ちょっと待って」
「顔……!」
空気が変わった。
転んだその男子生徒、如月ハルは、むくりと起き上がった。
跳ねた金茶の髪。
陽の光をそのまま閉じ込めたような瞳。
ネクタイはなぜか背中側に回っていたが、それすら新しいファッションに見えてしまうレベルの顔面。
圧倒的、美形。
「ここ、聖クラウンで、あってる?」
「ネクタイが逆です」
気づけば、天城がいた。
「えっ」
「ネクタイが」
「……あ、ほんとだ」
如月は素直にくるりと前へ戻そうとして、ほどけた。
「もっと悪化した」
女子生徒数名、尊さのあまりしゃがみこむ。
天城は一瞬だけ天を仰いだ。
朝八時十二分。
この時点で、嫌な予感はしていた。
「転校生ですか」
「たぶん」
「たぶん?」
「いや、今日からここ来いって言われて」
「言われて?」
「来た」
「雑ですね」
初対面である。
なのに、もうツッコミが出た。
天城は素早くネクタイを結び直してあげた。
その手際は、もはや執事。
「校舎はあちらです」
「ありがとう、親切だなあ」
「私は生徒会長です」
「へえ、王子っぽい」
「っぽい!?」
本人にその異名を直接言う者は珍しい。
しかも如月は、にこっと笑った。
「よろしくね、王子」
その瞬間、見ていた女子生徒十数名が心の中で鐘を鳴らした。
──王子(優等生)と王子(問題児)が出会った。
その十分後。
「如月ハルくんがいませんね」
担任の声に教室がざわついた。
「は?」
天城は嫌な予感の第二波を受信した。
「甘城くん、彼に先ほど校門で会いましたよね?」
「はい」
「教室へ向かうように言いましたか?」
「はい」
「ではなぜ?」
「わかりません」
全校舎、捜索開始。
図書室、いない。
中庭、いない。
食堂、いた。
「なんでいるんですか!」
「いい匂いしたから」
「まだ一時間目も始まってません!」
「でも、焼きたてパン」
「購買のおばちゃんも売らないでください!」
「顔がよかったから、つい」
「理由になってません!」
その後、二時間目──校舎裏で昼寝。
三時間目──別クラスでなぜか美術を受ける。
昼休み──女子に囲まれ、本人は状況を理解していない。
掃除時間──箒で野球を始める。
放課後──部活勧誘されすぎて帰れない。
そして、夕方。
生徒会室。
天城は机に両手をつき、校内報告書の山を前に、静かに理事長を見た。
「……つまり?」
「つまりね、天城くん」
理事長はにこやかに言った。
「如月くんを、聖クラウン学園にふさわしい模範生徒にしてください」
「嫌です」
「即答ですか」
「私は教育係ではありませんので」
「でも、君しかいませんが」
「先生方は?」
「諦めた」
「早い!」
理事長は天城の肩にぽんと手を置く。
「期待しているよ」
またしても期待。その重さにつぶれそうになっていたその時、生徒会室のドアが開いた。
「王子、これ、落とし物?」
如月だった。
手には、なぜか生徒会室の備品台帳。
「それ、極秘書類です!」
「道で拾った」
「なぜ……」
如月は、生徒会ソファにどさっと座り、
「ここ、落ち着くね」
「くつろがないでください」
「あと、これ」
「なんですか」
「購買のクリームパン。お礼」
「……」
「ネクタイ結んでくれたし」
ぽん、と机に置かれたパン。
天城は言葉を失った。
自由。
雑。
問題児。
だが、悪気はない。
むしろ、少しだけまっすぐだ。
「……あなたは」
「うん?」
「明日から、私が朝迎えに行きます」
「えっ」
「遅刻防止です」
「そこまでする?」
「校則を守ってもらうためです」
「こわ」
如月は少し黙ってから、ふっと笑った。
「じゃ、よろしく。天城」
名前で呼ばれた。
一瞬だけ、天城は妙な間を感じたが、
「生徒会長ですが」
「かたいなー」
その日、聖クラウン学園に新たな噂が生まれた。
白銀の王子、黄金の問題児を飼う。
このときの天城は、まだ想像できていなかった。毎朝六時半、如月ハルがパジャマ姿でベランダから「おはよー」と言いながら二階から降ってくる未来を。
正門前には季節の花が整然と並び、制服は皺ひとつなく、登校する生徒たちは「ごきげんよう」の一言すら、まるで練習した合唱のように美しい。
そんな学園の朝を、さらに完璧なものにしている存在がいた。
「おはようございます」
その一言だけで、女子生徒が三人ほど静かに赤面し、男子生徒が二人ほど無意識にネクタイを直す。
二年A組、生徒会長・天城恒一。通称、白銀の王子。
銀縁の眼鏡、隙のない制服、校則の化身みたいな歩き方。成績学年首席、品行方正、眉目秀麗。歩く校則ポスター。
「天城様、今日も素敵……」
「生徒会長って、寝癖とかつかないのかな……」
「たぶん寝起きでも校則守ってる」
守らない。寝起きは生徒会長だって普通に眠い。
だが、そんなことを誰も知らない。
天城は風紀委員に朝の挨拶をし、生徒会書記から本日の予定表を受け取り、花壇の乱れを三秒で整え、校門横に落ちていたゴミを拾った。
完璧だ。
だが、その完璧な朝は、一台のタクシーによって終わる。
キキィィィッ!
学園前に急停車したタクシーから、ひとりの男子生徒が転がるように降りてきた。
「すみません運転手さん! やっぱこの学校でした!」
「五分前にもそう言っただろうが!」
タクシーのドアに頭をぶつけ、鞄を落とし、拾おうとして靴紐を踏み、盛大に前につんのめる。顔から。
校門前が静まり返った。
だが、次の瞬間、
「……え?」
「ちょっと待って」
「顔……!」
空気が変わった。
転んだその男子生徒、如月ハルは、むくりと起き上がった。
跳ねた金茶の髪。
陽の光をそのまま閉じ込めたような瞳。
ネクタイはなぜか背中側に回っていたが、それすら新しいファッションに見えてしまうレベルの顔面。
圧倒的、美形。
「ここ、聖クラウンで、あってる?」
「ネクタイが逆です」
気づけば、天城がいた。
「えっ」
「ネクタイが」
「……あ、ほんとだ」
如月は素直にくるりと前へ戻そうとして、ほどけた。
「もっと悪化した」
女子生徒数名、尊さのあまりしゃがみこむ。
天城は一瞬だけ天を仰いだ。
朝八時十二分。
この時点で、嫌な予感はしていた。
「転校生ですか」
「たぶん」
「たぶん?」
「いや、今日からここ来いって言われて」
「言われて?」
「来た」
「雑ですね」
初対面である。
なのに、もうツッコミが出た。
天城は素早くネクタイを結び直してあげた。
その手際は、もはや執事。
「校舎はあちらです」
「ありがとう、親切だなあ」
「私は生徒会長です」
「へえ、王子っぽい」
「っぽい!?」
本人にその異名を直接言う者は珍しい。
しかも如月は、にこっと笑った。
「よろしくね、王子」
その瞬間、見ていた女子生徒十数名が心の中で鐘を鳴らした。
──王子(優等生)と王子(問題児)が出会った。
その十分後。
「如月ハルくんがいませんね」
担任の声に教室がざわついた。
「は?」
天城は嫌な予感の第二波を受信した。
「甘城くん、彼に先ほど校門で会いましたよね?」
「はい」
「教室へ向かうように言いましたか?」
「はい」
「ではなぜ?」
「わかりません」
全校舎、捜索開始。
図書室、いない。
中庭、いない。
食堂、いた。
「なんでいるんですか!」
「いい匂いしたから」
「まだ一時間目も始まってません!」
「でも、焼きたてパン」
「購買のおばちゃんも売らないでください!」
「顔がよかったから、つい」
「理由になってません!」
その後、二時間目──校舎裏で昼寝。
三時間目──別クラスでなぜか美術を受ける。
昼休み──女子に囲まれ、本人は状況を理解していない。
掃除時間──箒で野球を始める。
放課後──部活勧誘されすぎて帰れない。
そして、夕方。
生徒会室。
天城は机に両手をつき、校内報告書の山を前に、静かに理事長を見た。
「……つまり?」
「つまりね、天城くん」
理事長はにこやかに言った。
「如月くんを、聖クラウン学園にふさわしい模範生徒にしてください」
「嫌です」
「即答ですか」
「私は教育係ではありませんので」
「でも、君しかいませんが」
「先生方は?」
「諦めた」
「早い!」
理事長は天城の肩にぽんと手を置く。
「期待しているよ」
またしても期待。その重さにつぶれそうになっていたその時、生徒会室のドアが開いた。
「王子、これ、落とし物?」
如月だった。
手には、なぜか生徒会室の備品台帳。
「それ、極秘書類です!」
「道で拾った」
「なぜ……」
如月は、生徒会ソファにどさっと座り、
「ここ、落ち着くね」
「くつろがないでください」
「あと、これ」
「なんですか」
「購買のクリームパン。お礼」
「……」
「ネクタイ結んでくれたし」
ぽん、と机に置かれたパン。
天城は言葉を失った。
自由。
雑。
問題児。
だが、悪気はない。
むしろ、少しだけまっすぐだ。
「……あなたは」
「うん?」
「明日から、私が朝迎えに行きます」
「えっ」
「遅刻防止です」
「そこまでする?」
「校則を守ってもらうためです」
「こわ」
如月は少し黙ってから、ふっと笑った。
「じゃ、よろしく。天城」
名前で呼ばれた。
一瞬だけ、天城は妙な間を感じたが、
「生徒会長ですが」
「かたいなー」
その日、聖クラウン学園に新たな噂が生まれた。
白銀の王子、黄金の問題児を飼う。
このときの天城は、まだ想像できていなかった。毎朝六時半、如月ハルがパジャマ姿でベランダから「おはよー」と言いながら二階から降ってくる未来を。
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