追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 食事は楽しかった。藍と出会う前は、ただ生きるためだけの味気ないものでしかないのだった。今は生きたいと思うからか、何を口にしても満ち足りる。

周りに見える風景すら、モノクロから光が満ちて、華やかな色彩に変わる。今まで何も見ていなかったことに旭は気づいた。

 藍も旭に通じる何かを感じているが、まだ何も見ようとしていない。これ以上、惹かれる思いが募ると怖いのだ。

後戻りができない気がする。その恐ろしさは何から来るのだろう。記憶の中の潜在意識に何か不穏なものがあるのだろうか。何も考えずに仕事として旭に接することが望ましいと思うのだ。

2人は食事の後はタクシーでホテルに向かった。

「さぁ、明日の取材のために早く休んでください」
「ねぇ、大林さん。さっきまで熟睡していたから、眠れない。ホテルのラウンジへ行ってくる」
「先生、お酒は逆効果ですよ」
「大丈夫。ちょっとだけ。何、その怖い顔。じゃあ、深酒しないように監視役として一緒に行く?」
「うーん、仕方ないですね。一杯だけですよ」
「いっぱい飲んでいいの?」
「違います」人差し指を立てて旭の目の前で大きな声で言う。「一杯です!」

旭も人差し指を立て藍に向かって言った。
「一杯だけね。行こう。」


2人はエレベーターに乗り込んだ。最上階のラウンジはガラス張りで夜景が美しい。旭の容姿がそれをさらに演出する。

藍はまるでプリンセスを夢見る少女のような妄想が頭に巡るのだ。いくつになっても女子は夢見るのだと感じた。少女の心はまだ健在なのかと可笑しくなった。

雰囲気に酔いしれる少女は今、迫られたら落ちてしまうだろう。満たされぬ迷いがある。

女は、不意に悲しくなり、頼りたくなる。今の藍には、あの優しさが罪深いと思う。心は鷲掴みに盗み取っていくだろう。

その優しさに埋もれてしまえば、捨てられる恐怖がつきまとう。そんな想像は何度も繰り返し、又そこへたどり着く。目の前にいるこの青年のその美しさが、そう思わせるのだ。


その優しすぎる微笑みは、罪作りと知らず藍に降り注ぐのだ。心を制するように目をメニューに向けた。落ち着いた旭の声が、耳元で聞こえるようだった。
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