トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
しばらく、森崎さんと他愛もない話をしていた。

リハビリの愚痴とか。

梓との出会いについてとか。

そんな話をして笑っていた時だった。

——ピリリリッ。

森崎さんのPHSが鳴る。

空気が、一瞬で変わった。

森崎さんの表情が切り替わる。

私は思わず息を呑む。

「はい、森崎です」

短いやり取り。

でも。

その目だけで分かった。

要請だ。

「了解です。向かいます」

通話が切れる。

数秒。

静かな沈黙。

そして森崎さんが、私を見る。

「行ってくる」

その言葉に。

胸がぎゅっとした。

懐かしい。

たった1ヶ月前まで、私もその音を聞いて走ってた。

何も考えず、当たり前みたいに。

でも今は。

ベッドの上から、その背中を見送ることしかできない。

森崎さんは立ち上がりながら、いつものようにフライトスーツのジッパーを上まで上げた。

その姿が、眩しかった。

私は小さく笑って言う。

「頑張ってきてください」

すると森崎さんも少し笑った。

「紗凪ちゃんは賢くしとくんやで」

その言い方が自然すぎて。

本当にいつも通りで。

次の瞬間にはもう、病室を飛び出して行っていた。

バタバタと遠ざかる足音。

私はその背中を、ただ見送る。

静かになった病室。

窓の外。

遠くでヘリのローター音が響き始める。

私はそっと、自分の手を見る。

少し痩せた指。

まだ残る傷跡。

前より細くなった腕。

——私も、あの服を着てたのに。

その瞬間。

胸の奥に、じわりと焦りが広がった。

日に日に大きくなっていく感情。

“戻れるのかな”

“もう飛べないんじゃないか”

そんな不安が、最近ずっと消えない。

先生たちは順調だって言ってくれる。

リハビリもかなり進んでる。

でも現場は待ってくれない。

一日離れれば、その分置いていかれる世界だ。

しかも。

育成支援チームは、今も継続されているらしい。

私が抜けた穴を埋めながら。

みんな必死に回してくれてる。

その話を聞くたび、申し訳なさで胸が苦しくなった。

そして。

橘さん。

あの日以来。

ヘリへ乗れていないらしい。

PTSD。

事故現場を思い出してしまうと聞いた。

ローター音だけで過呼吸になりそうになることもあるって。

私はゆっくり目を伏せる。

……後輩を守ったつもりだった。

でも結果的に、橘さんの心まで壊してしまったのかもしれない。

そんな考えが、どうしても頭をよぎる。

窓の外。

夕焼け空へ、ヘリが飛び立っていく。

私はその姿を見つめながら。

ぎゅっとシーツを握りしめた。

——戻りたい。

また、あそこへ。

怖いくらい強く。

そう思ってしまった。
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