トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
その後も何度かシミュレーションを行い、気づけば夕方。

森崎さんはホワイトボードの前へ立つ。

「じゃ、振り返りします」

ペンを回しながら、まず真壁くんを見る。

「真壁くん」

「はい!」

「声出しめちゃくちゃ良かった」

「チーム動かす時、声出せる人は強い」

真壁くんの表情が少し明るくなる。

でも。

森崎さんはそこで止まらない。

「ただ」

空気が少し変わる。

「焦った時、視野狭なる癖ある」

「一点集中しすぎ」

「ABG採る時、患者の呼吸状態から一瞬目離れてたやろ?」

「あ……」

真壁くんが言葉を詰まらせる。

「もちろん採血も大事」

「でも急変中は“今一番危ないもん何か”見失ったらあかん」

真壁くんが真剣な顔で頷いた。

「はい」

森崎さんは次に宮原さんを見る。

「宮原さんは初動速い」

「薬剤準備も綺麗」

「動線も悪くない」

褒められた宮原さんが少し安心した顔をする。

でも。

「ただ、人に頼るの下手」

「……え」

「全部自分で抱え込もうとするやろ」

宮原さんが小さく黙る。

図星なんだと思う。

「現場って“出来る人”ほどそれやりがちなんです」

「でもフライトはチーム戦やから」

「抱え込み始めた瞬間、全体崩れます」

静かな声。

でもすごく重かった。

宮原さんが小さく頭を下げる。

「……はい」

次。

「朝比奈くん」

「はい!」

「冷静さはある」

「モニター読む力も高い」

「ただ」

森崎さんが少しだけ笑う。

「顔に出る」

「え?」

「焦った時めちゃくちゃ顔死ぬ」

その瞬間、周りが吹き出す。

「いやほんまに」

「患者家族見たら余計不安なるタイプ」

「っ……」

朝比奈くんが顔を覆う。

でも森崎さんはちゃんと続けた。

「でも逆に言えば、そこ直したらかなり強い」

「落ち着いて見せるんも技術やで」

一人一人。

ちゃんと見てる。

出来てるところも。

足りないところも。

だから全員、真剣に聞いていた。

そして。

「橘さん」

名前を呼ばれる。

橘さんが静かに顔を上げる。

「観察能力高い」

「先読みも出来る」

「急変時、患者の変化拾うん早かった」

橘さんの目が少し揺れる。

ちゃんと評価されてる。

その実感があるんだと思う。

でも。

森崎さんは真っ直ぐ続けた。

「ただ」

その瞬間。

橘さんの空気が少し変わる。

「言葉が強い」

静かな声。

でもハッキリしていた。

「今回も途中、宮原さんに言い方きつかった」

「あ……」

宮原さんが少し気まずそうに視線を下げる。

橘さんも黙る。

でも森崎さんは責める感じじゃなかった。

「言ってる内容は正しいんです」

「でも現場って、“正しいだけ”じゃ回らへん」

その言葉が、静かに響く。

「フライトは狭い空間です」

「逃げ場ない」

「そこで空気悪くなると、判断力落ちる」

「……はい」

橘さんが小さく頷く。

その横顔は悔しそうだった。

多分。

自分でも分かってるから。

でも。

簡単に直せない。

だから苦しい。

すると森崎さんが、少しだけ柔らかく笑った。

「でも逆に言えば」

「そこ直ったら、橘さんかなり強いですよ」

その言葉に。

橘さんが少しだけ目を見開く。

「現場力はほんま高い」

「だから期待してます」

静かな声。

でも。

ちゃんと本音だった。

橘さんが、小さく頭を下げる。

そして最後。

森崎さんが、全員を見渡した。

空気が変わる。

「みんな、普通にレベル高いです」

「正直、想像以上」

その言葉に、育成メンバーたちが少しだけ表情を緩める。

でも。

森崎さんはそこで、指を一本立てた。

「ただ」

また空気が締まる。

「フライトで一番大事なん、技術だけちゃいます」

誰も喋らない。

森崎さんはゆっくり続けた。

「落ち着くこと」

「そして」

「確実にやること」

その声は、さっきまでよりずっと真剣だった。

「急変現場って、空気に飲まれるんです」

「音も、人も、焦りも、全部」

「そこでパニックになったら終わり」

静まり返る部屋。

そんな中。

森崎さんが、ふっと私を見る。

「だから」

「そこは一ノ瀬さん見習ってください」

一瞬、空気が止まる。

「今日も途中、一番落ち着いてたんこの人です」

「焦ってへん」

「視野狭なってへん」

「ちゃんと全体見れてる」

私は少しだけ困ったように眉を下げる。

でも森崎さんは真面目なままだった。

「もちろん経験値もある」

「でもそれ以上に」

「“冷静さ”は才能です」

その言葉に、育成メンバーたちが静かにこちらを見る。

「現場で冷静でいられる人間は、それだけで周り救える」

「パニックって伝染するんで」

そして。

森崎さんは少しだけ笑った。

「逆に、一ノ瀬さんみたいな落ち着きも伝染する」

森崎さんのその言葉で、部屋の空気が少し静かになる。

育成ナースたちは、それぞれ何かを考えるような顔をしていた。

私は少しだけ居心地が悪くて、小さく視線を逸らす。

そんなに褒められるようなことじゃない。

ただ。焦らないようにしてるだけだ。
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