画面の中の囚人
「画面の中の囚人」
 私はいつも同じようなことの繰り返しばかりであった。毎朝起きるといつものように「これ」に向かって睨めっこが始まる。これが日課であり、また無意識のうちに脳が設定したルーティンであった。私はこの工程繰り返しにより心身が病み、鬱蒼とした気分で毎日が始まるのをとても嫌っていた。しかし、体がとてもじゃないがいうことを聞かない。まるでプログラミングされているコンピューターのように脳が行動を自動化し、私は何も考えずにそれに従い眺めているだけだった。時より「これ」に映る自分の顔にとても嫌気を刺した。口は半開きになり、今にも死にそうな末期患者の顔を彷彿とさせる、いわば生気のない阿呆らしい間抜けな顔なのである。しかし、私は人生に何の取り柄もないがゆえにこれを眺めている時間だけがこの世の時間ゆっくりと流れるのを感じ、快楽を言う名のスープの中でじっくりコトコトと脳を煮詰ませるのだった。気づいた頃には膨大な時間が経っていることに気づき、罪悪感にいつも苛まれる。私はこの瞬間に強く死というものを強く意識する。私が寝床の上で画面という小さな枠で残されている余生を無駄に消費させられているのを感じると強い失意の念に駆られる。脳はそんなことをお構いもなしに次の強い快楽を求め更なる報酬のために次から次へと合図を送る。それに対して私も自暴自棄になり全て投げ捨ててしまいたくなるほど画面の中に熱中するのだ。それの繰り返しにより気づけば周りの声は遮断され、自分自身の体の悲鳴にすら気付かなくなってしまう。本当は今日自分自身が成し遂げたかった仕事やなさねばならなかった事は全て後回しになっている。そんな自分に「明日早起きしてやればいいじゃないか」という自己保身の悪魔の声が聞こえ、気づけば明日に備えるために眠りに落ちてしまっている。これはまさに現代病なのだろう。
 私が初めてこれを支給されたのは中学の時だった。私は早生まれだったため他の同級生に比べて支給されるのが遅かった。「これ」は自分自身の誕生日が来ると一人ひとつ支給される。これについて知らない人もいるだろうからここらできちんと説明しておこう。「これ」とは手のひらサイズの黒い四角形の塊であり、そこらで売っている文庫本より2回り小さく薄い便利な機能が備わっている最新のツールなのである。政府は中学生になり初めての誕生日が来ると国民全体に一人一つ支給されるようになっている。また、誕生日を重ねていくごとに機能を一つ追加できるというものなのだ。私は今年支給されたばかりなので、電話という機能を選択した。少し昔までは電話ボックスに行ってお金を入れた分だけ電話ができるというスタイルであったが、今では「これ」さえあれば誰とだっていつだって電話をすることができる。大変便利な世の中になったものである。私は待ち遠しかった「これ」をついに手に入れたため興奮を抑えきれなかった。そしてとりあえず電話帳にあった適当な番号にかけてみることにした。
「どちら様ですか?」中年の女性の声である。
「いえ、間違えました。」と、心の中でほくそ笑んだ気持ちが声に表れてないだろうかと不安になった。ついにやった。私は初めて「これ」を使い人と会話することに成功したのだ。「あぁ、人違いですか」と女性が言うと電話はぷつりと切れた。今までは電話ボックスに行かなければ電話などすることができず不便な世の中であったが、布団の上で寝転びながら好きな時に誰とでも電話をできることに快楽を感じた。孤独だった私が人と繋がることができたとか、女性との連絡手段ができたため電話帳の片っ端から電話してナンパでもしてやろうという下心から生まれる快楽ではない。『時間の効率化』である。私は無駄な事は嫌いな性分であり、周りからはとてもケチ臭いと呆れらるほどだった。そんな私は、時間を短縮する所謂私が保有する自由に使うことができる時間を増やすことに成功したのである。周りから見ればどうでもよさそうなことではあるが、私にとってはたまらないのだ。さらに、窓の外を眺めるとサラリーマンが電話ボックスの取り合いで喧嘩をしていた。私から見れば何とも醜い争いであり、それこそ無駄な消費である。私からすればそんな争いですら無駄であり、「これ」さえ持ち合わせていれば、争いに巻き込まれる手間も差し引かれるのだ。私はさらに窓の外を眺め悦に浸る。便利とは素晴らしい、無駄な事は全て排除すべきである。手間を省きに省いた末に本当の幸福、完璧な世の中は存在しそのような生活の果てに私の完全体な暮らしが待っているのだろう。そうである、そうに違いない、私は確信した。そして現在に至る。
 今の話が十年も前の話で世の中はさらに発展した。「これ」はさらに発展して、バージョンアップがされたたくさんの機能性が備わったのが誕生日を迎えるごとに支給されるのだ。十年も経ったのでたくさんの機能も追加された。電話、位置情報、文通アプリ、動画サイト、ゲームアプリなど、例を挙げればきりがない。また、「これ」はたくさんのカラーが選べるため今の若い子達は自分の好きな色を選んだりカスタマイズを各々でしている。また、毎年新しい「これ」が支給されるが中に入っているデータは引き継ぎがされているらしい。また、他にも有料にはなるがオプションでさらに新しい機能を追加することができるらしいが、月額で料金を払うことになっているらしい。ただでさえ物価が高騰してきていると言うのにさらに毎月の支払いに上乗せなんて考えられない。私が中学生の頃は政府は無償で支給していため「これ」がこんなにも私たちの生活の負担になりつつあるとは想像もつかなかった。しかし、もう手遅れなのである。この十年で「これ」は世の中に浸透し「これ」なしでは生きていくことが不可能になってきているのである。ある意味世の中の基盤となりつつ手放せないものになったのだ。私としてもしてやられた感が否めない。政府もよくやったものである。最初は無償で支給する割に結局はほとんどの人が月額料金を払っているではないか。挙げ句の果てに十年前まであった通貨は消え失せ、「これ」の中に内蔵されているカードを見せれば銀行から勝手に引き落とされるのである。もうこれなしでは誰も生きていくことができない、手放せない存在となったのである。最初の頃は便利な物という認識で私の生活を幸せにしてくれる至高の一品を手に入れたと思っていたがとんだ勘違いである。便利であるが故に人々は怠惰になってしまった。少ない思考選択行動でそれ以上の報酬を獲得することができるのだから、人間の本能からすればこれ以上上手い話はないのだ。してやられた。つくづくそう感じるとともに情けなく感じる。今では「これ」が与える報酬はあまりにも代償が少ないため、「これ」を超えることができなくなりつつある。今までは勉学に読書、ランニング運動だって好きだった。今では机に座るすら億劫である。なぜなら、ベッドの上で寝転んで「これ」を眺めているだけで脳から涎が止まらないのである。まるでパブロフの犬のように「これ」をみるだけで脳がワクワクするのを心から感じる。「これ」がなければ生きていけない。手放したくない心からそう信じているのだ。頭ではわかっているが、「これ」に侵された私はもう私ではない。二分化された私が心の中で「これ」に侵された私を眺めていることしかできなかった。私は心の底から「これ」を憎んだ。「これ」さえなければ。段々と私は「これ」を支給した政府に憤りを感じた。大体そうだ、こんなものに月額料金を払い、さらに生活費の上乗せ、ましてや子供がたくさんいる家庭なんか独り身の私なんかよりよっぽど生活苦であろう。中学生になれば半ば強制的に「これ」を持たされ気づけば虜になっている。若い子のほうが飲み込みも早いに違いない。今まで培ってきた集中力は全て「これ」に対する時間に使われ、目の前の「これ」だけを眺めているのだろう。法律によって飲酒喫煙が二十歳を超えるまで禁止されているのが今になってようやくわかった気がする。体に悪いとか道徳的によくないとか、そんなちゃちなもんじゃあない。依存する割合が高いのだ。このままでは私だけでなくN国が崩壊するのも時間の問題だろうと悟った。「これ」に依存するあまり物価高が高騰している現在では月額料金に上乗せして生活していく財もいずれかはそこが尽きるだろう。ましてや子供なんか産んでしまえば、いずれかは「これ」を持つ日がやってくるのだ。例を挙げるならば五人家族全員が「これ」を持つと考えた場合私の五倍は月額料金かかってくるだろう。そうなれば子供を作ろうなんて気概は到底起きない。高騰し続ける時代により便利な機能が追加された「これ」を手にしてしまえば生きていくことは困難だろう。そうなれば少子高齢化はさらに進行し人工減少が進むだろう。そうすればN国の産業は衰退し周りの諸各国に頼るしかなくなってしまう。ましてや核を保有していないN国は核保有国の言いなりになり、経済を回していく必要がある。「そうなればN国は‥」と考えるのを私はやめた。「こんなことでN国を憂いていたってしょうがない。」私は十年前の私をさらに憎んだ。本当に心の底から「これ」を信じていたことを、ましてや政府はさらに「これ」に依存する若者を対象に「これ」を制限するツールなどというものを配布するらしい。またこの手だ、前も同じような手口でやった結果この様である。私は政府にまんまと転がされていたことさらに再確認した。そして、私はクーデターを起こすことを決める。このままでは駄目だ、政府の言いなりになるくらいなら私の命に変えてでも政府を変えるしかないと突拍子もなく考えた。私は「これ」を使い政府に対してテロ予告を行った。テロ予告は瞬く間に拡散され、嘘でも本当であっても被害が出る可能性があるため政府は緊急対策組織を立ち上げた。私は私の要求を通すために、私が望むN国にするために、私は政府に「これ」を使いいつもの如くベッドの上から電話をかけた。「政府のあらゆるところに爆弾を仕掛けた。解除してほしければ政府の一室を占拠させ私の演説を放映しろ。それに政府には一匹残らず立ち退いてもらおう」私は何の用意もしてなかったため、適当な理由をつけて政府を脅迫した。「わ、わかりました。そうすれば爆弾は解除していただけるんですね。」「そうだ。」政府は私が思っているより単純で私の嘘を鵜呑みにした。普段から「これ」の開発もAIに頼り切って何十年も研究をしてきたから自分で考える能力や危機管理能力が衰えたのだろう。私はますますこんな奴らに支配されていたことに怒りを覚えた。そして、私は政府を単独で占拠し放映しているカメラに向かって歯切れのいい言葉で演説した。「私たちは『これ』によって支配されている。思考も全て何もかも。私も最初はとても便利なツールだと考えていたが、使うにつれ実感したのだ。このようなものが存在してはならぬ。今まで不便に感じていたのが便利になったが途端に私は『これ』を毎朝見るたびに死にたくなるのだ。この先のN国を考えれば排除すべきものであるのだ。また私たちに黙って支給してきた政府も改革をする必要がある。今ではAIが発達してきたため自分自身で考えるということから逃げてはいないか。そのような楽をして報酬を得ようなどという腐り切った精神が生んだのがまさに今の政府なのではないか。選挙にも行かず他人任せでのうのうと生きているせいで全くこの十年間進歩どころが衰退の一途を辿っているのだ。どうか一人でも私の声が響き賛同するものがいれば声をあげてほしい。」と私は迫真の演説をした。そして、私の演説は「これ」を通して全国民に放映される。最初の方はテロ犯の単独演説というトピックで関心が寄せられていたが、結局のところ「これ」から発せられる通知や他の脳を刺激する報酬などには私の演説は到底敵わなかった。途中まで演説を聞いている人は大勢いたが内容も半分ほど聞いたところで途中で辞めてしまう人がほとんどだった。そして、政府は「これ」を支給した張本人であったため世間がどのような反応を知ることができた。そして結果を私に告げた。「演説は以上でよろしいでしょうか。国民の皆さんはあなたの演説を聞き賛同する人が出るどころかほとんど途中で聴くのを辞めてしまってらしいです。ところで爆弾の件ですが‥」と言いかけたところで私は怒声を上げ電話を切った。「うるさい!」私は落胆した結局急遽思い立ってクーデターを起こしたものの単なる単独犯の悪あがきにしか過ぎなかったのだと。他の人々は気づいていない。気づいているのは私だけだ、その思いがいっそう私の中の気持ちを奮い立たせた。しかし、このままいけば捕まるだけであり、何年かの刑期を経て出所すればまたあの忌々しい「これ」に取り憑かれた日常が待っているだけだと思うと私は何を糧に生きていけば良いのかわからなくなった。その時ふとこう思った。「死だ。死を持ってこの世に生きた証を残すのだ。あの時の青年が演説で言ったことが我が身に降り注いだあとに気づくがいい。彼の言ったことは正しかったのだとその時になって思うだろう。」私は死を決心した。「これ」に苛まらされてきた人生に終止符を打つのだ。自らの手で「これ」と決別をするのだ。私はいざという時に持ってきたサバイバル用のナイフを手にした。「確かこれも『これ』を見ている時に広告に出てきて気づいたら買っていたものだなぁ、まさか無意識のうちに買わされたナイフで死ぬとは、皮肉なもんだ。」私は腹を真一文字に掻っ捌いた。中学生の頃「これ」を持つ前に知り好きになった作家M・Yが最後を遂げた時のように。死ぬ時はまだ自我があった時に学んだことで死にたかった。「これ」から得た情報で死ぬのは何だか私の道理に合わないのだ。そうすれば何だか少しは勝ったような気になれた。今まで支配されてきた脳は自己の意志を持って死を自ら選択したのだ。決して「これ」によるものではない。決してそう信じるしか他はない。数分後私は、臓器に致命傷負い出血多量により絶命した。                 完  
私は深夜遅くなるまで小説を読んだ。昔は紙媒体で読んでいたが、今は相棒の「これ」である。今日読んだのはは私が一番推している作家の最新の短編小説である。友達に紹介するが、あまり面白くないし何が良いか分からないという。私が面白いと感じるのだからいいだろう。私が何時間も「これ」を調べてようやく出てきた私好みの作家なのだから。私は毎週楽しみなのである。来週はどんな小説なのだろうかと楽しみにしながら、今日も私の目は暗い部屋の中でブルーに照らされている。
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