君と終わった街で
たった四文字。

それだけなのに、心臓が妙にうるさい。

ビル風が吹き抜けて、煙が細く流れていく。

周りでは、同じように昼休憩を過ごしている会社員たちが、それぞれのスマホを見ながらぼんやり煙草を吸っていた。

誰も他人に興味なんてない。

その空気が、今は少しありがたかった。

洸太は灰を落としてから、スマホを打つ。

『休憩中』

送って数秒。

既読がつく。

早いな、と思った瞬間。

『サボり?』

思わず笑ってしまう。

高校の頃と変わらない文面だった。

『ちゃんと昼休み』

『なら安心』

そのやり取りだけで、妙に気持ちが軽くなる。

煙草を吸い終わっても、洸太はすぐには戻らなかった。

スマホを見下ろしたまま、次の返信を考えている自分に気づく。

高校生みたいだな、と少し思う。

でも嫌じゃなかった。

むしろ、そんなふうに誰かの返信を待つ感覚を、ずっと忘れていた気がする。

『文姫は?』

送る。

少し間が空いた。

その数十秒が、やけに長い。

『私も休憩』

『ちゃんと働いてる?』

『失礼だな』

『なんかサボってそう』

洸太は小さく笑う。

喫煙所のガラスに映る自分の顔が、思っていたより柔らかかった。

昔の自分なら、きっともっと舞い上がっていた。

返信が少し遅いだけで落ち込んで。

何気ない一言に期待して。

勝手に意味を探していた。

でも今は違う。

文姫とこうして言葉を交わせているだけで、十分嬉しかった。

それだけでいいと思えるくらいには、大人になったのかもしれない。

その時、後ろから声がした。

「珍しいですね」

洸太が振り返る。

同じ部署の後輩、平井 桃花(ひらい ももか)だった。

アイスコーヒーを片手に、こちらを見ている。

「先輩が休憩中ずっとスマホ見てるの」

「……そんな見てた?」

「見てました」

桃花は少し笑う。

「なんか今日、機嫌いいですね」

洸太は一瞬だけ言葉に詰まる。

自分では隠していたつもりだった。

けれど、他人から見ても分かるくらいには、昨日から少し世界が違って見えているのかもしれない。

「別に普通」

そう返しながら、スマホをポケットにしまう。

桃花はじっと洸太を見てから、

「……ふーん」

とだけ言った。

その視線の意味を、洸太はまだ知らなかった。
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